2011/01/19

母親を食うカバキコマチグモ幼体(蜘蛛)




2009年8月下旬

前回の観察から7日後。
産室内に篭城するカバキコマチグモ♀(Chiracanthium japonicum)も喉が渇くだろうと密閉容器内に少し湿り気を与えたら※、ススキ葉巻全体があっという間にカビまみれになってしまいました。
※ 【参考文献】講演要旨PDFファイル→「カバキコマチグモの卵嚢が産室内で果たしている役割 : 丈夫すぎる卵嚢?(行動学)


飼育失敗かと気落ちしつつも、消毒用エタノールを吹き掛けてから産室を切り裂いてみると、中の幼体は無事でした。
丸々と太った三齢(?)幼体が元気に外へ出てきます。
出嚢直後(二齢)より足取りは力強くなり自分で糸も吐けます。
カビの感染で全滅したかと思っていたので意外でした。
母クモが念入りに紡ぎ修繕した産室は密閉性が高いのか、もしかしたらクモの糸に抗菌作用があるのかもしれません。
絶食状態で卵嚢と幼体を保護し続けてきた♀は産室内で既に絶命していました。
カバキコマチグモはショッキングな親食い行動(共食い)で有名です。
確かに母親の死骸は全身を糸でラッピングされていました。
歩脚などは未だ残っています。
産室を切り開く際に幼体がどんどん外へ逃げてしまったので、肝心の食べている様子はよく見ることができませんでした。
観察行為そのものが動物の行動に影響を与えてしまう難しさがあります。
話には聞いていたものの、究極の母性行動を実際に目の当たりにすると胸を打たれます。
(シリーズ完)

※ ちなみにこの時期フィールドで見つかる解散後の産室を開けてみると、母クモの死骸はもっと徹底的に食べられており、食べ残しは硬い牙だけでした。 




【追記】
お気に入りのミステリー作家・川瀬七緒の新作『スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官』を読了しました。
殺人事件の鍵を握る虫のひとつとして今回はカバキコマチグモが登場します。
日本にいる毒虫の中でも最強の毒を持つのでうっかり咬まれると大変であるとか、子グモが集団で母グモを食い殺す習性があるとか、読者を引き込むセンセーショナルな豆知識は抜かり無く書かれていました。
しかし、どうにも気になる点が幾つかありました。
少しネタバレになるので(犯人をバラしたりはしません)、未読の人は以下をスルーして下さい。











まず疑問なのは、殺人現場で採集したカバキコマチグモの性別や発育段階(成体か幼体か)をしっかり明記しないで話を進めている点です。
それによってクモの習性や行動が変わってくるからです。
「カバキコマチグモの巣」という表現も曖昧で、産室、脱皮室、住居を区別していません。
(一回通読しただけなので、私が読み落としただけかもしれません。)
カバキコマチグモがススキなどイネ科の葉を巻いて作った巣から何十メートルも離れた室内に侵入して獲物を狩り、また巣に戻って来る、という「習性」がストーリーの肝になっていました。
本当かな?
これは眉唾ではないかと個人的には疑ってしまいます。
遠征して獲物を捕食した後のカバキコマチグモは、出先でまた新たに巣を作り直す気がします。(この点は自信なし)

歩脚の跗節に特殊な蛍光インクを浸してからカバキコマチグモを殺人現場に再び放虫し、足跡を辿って巣を突き止めるという作戦が捜査の鍵になりました。
しかし、捕獲されて飼育容器で数日間飼われた後もカバキコマチグモが元の巣の位置を記憶していて巣に戻れるとは、ちょっと信じ難い話です(忘れてしまう気がします)。
クモが移動しながら後に残す「しおり糸」について本書では何も言及されていません。
私なら、殺人現場の周辺でカバキコマチグモの「しおり糸」を検出する科学捜査をする方が早道だと考えるでしょう。
これは私の勝手な想像ですが、作者は構想段階でドブネズミを登場させようとしていて、後にカバキコマチグモへ切り替えたのではないかな?

私も決して100%の自信があって反論している訳ではなく、これを機会に何年かぶりにもう一度カバキコマチグモの飼育をしてみたくなりました。
私の中途半端な知識からくる誤解(思い込み)かもしれません。
建設的な問題提起をするのなら、自分でも色々と観察して確かめてからやるべきですね。
クモの専門家がこの本を呼んで何と言うか、興味があります。


『スワロウテイルの消失点』の後半では、メキシコで研究された野鳥の巣作りと煙草の吸い殻についての興味深い論文をネタとして取り入れています。
Suárez-Rodríguez, Monserrat, Isabel López-Rull, and Constantino Macias Garcia. "Incorporation of cigarette butts into nests reduces nest ectoparasite load in urban birds: new ingredients for an old recipe?." Biology Letters 9.1 (2013): 20120931. (全文が無料公開中)
これを日本のツバメに応用してみた作者の想像力はなかなか見事な着眼だと思いました。
私は未だツバメの巣材集めや巣作りを自分の目で観察できていないのですが、もしツバメの造巣習性について詳しければ、ツッコミどころがありそうです。
私がこれまでツバメ関連の本を読んで得た知識では、ツバメの親鳥が巣材として泥の他に集めるのは枯草というのが定説です。
葉先にカバキコマチグモの巣が作られた状態の青々としたイネ科の草をツバメが巣材として採取してくる、というのはあまりにも御都合主義で眉唾だと思います。
ツバメの親鳥がカバキコマチグモの巣を見つけたとしたら、その巣を破って中のクモや卵嚢を捕食しない保証はありません。
ツバメの専門家の意見を拝聴してみたいです。

細かいことを長々と書きましたが、決して作者を糾弾したり作品の粗探しをするつもりはありません。
フィクションとしてとても楽しんで最後まで読ませてもらいましたし、これからも応援しています。(ここが重要)
本全体を読んだ私の評価は星4/5 ★★★★☆ です。
私の大好きな『法医昆虫学捜査官』シリーズに自分が多少なりとも知っている生き物が登場したので、嬉しくなってここぞとばかりに口を挟みたくなった次第です。(いっちょかみ)
例えば本作には他にも小黒蚊(シャオヘイウェン)やシバンムシが登場しますが、これらの虫について私はまるで疎いので、読んでもただ感心しただけです。
川瀬七緒さんはとても優秀な作家ですから、『法医昆虫学捜査官』シリーズを書く度に虫の専門家に何人も取材したりトリックについて相談に乗ってもらったりしているはずですし、編集者も必ずチェックしているはずです。
こうやってツッコミどころを幾つか残しているのは、SNSなどで話題にするための作者の高度な釣りではないかという気もしてきます。



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