2024年3月下旬・午後13:30頃・晴れ
平地の二次林でニホンアナグマ(Meles anakuma)が冬眠する営巣地(セット)を2台のトレイルカメラで長期間監視しています。
カメラの電池とSDカードを交換するため久しぶりに現場入りすると、衝撃の展開が待ち構えていました。
うららかな早春の日差しを浴びて雪解けが進む林床に、野生動物の死骸が横たわっていたのギョッとしました。
場所はよりにもよって、巣口Rを北側から狙うトレイルカメラNを固定した灌木の真下でした。
死骸は腐敗が進んでいて、辺りに死臭が漂っています。
茶色の毛並みはボサボサでした。
一瞬タヌキかと思ったのですが、前足に鋭い爪があるのでアナグマと判明。
なぜか左前脚の毛皮がずる剥けで、皮膚が露出しています。
後脚の太腿などに、スカベンジャー(カラス?)が死骸を損壊した形跡があります。
むしり取られた茶色い毛玉が風で飛んだのか、少し離れた地面に落ちていました。
自分では冷静を保っているつもりでも、やはり精神的なショックが大きかったようで、後で思うと現場での観察が色々と不充分でした。
例えば横臥している死骸を裏返して反対側(右側面)も調べるべきなのに、やっていません。
股間の外性器や乳首などを調べて性別を確認すべきだったのですが、とてもその気になれませんでした。
ゴム手袋やビニール袋などを何も持ってこなかったので、死骸に触れることができない、という事情もありました。
死んだのが若い個体(当歳仔)なのか成獣か、という点も気になるものの、分からずじまいです。
成獣なら寿命かもしれません。
解剖しない限り、アナグマの死因は不明のままです。
今季は異常な暖冬で積雪量も例年より少なかったので、アナグマの冬眠と覚醒のリズムが狂って無駄に体力を消耗し、餓死したのではないか?と素人ながら疑ってしまいます。
死骸は腐敗が進んでいるため、持ち帰って解剖する気になれませんでした。
新鮮な死骸だったら、体重を計ったり、解剖して胃内容物や体脂肪の厚さを調べたりすれば、餓死かどうか分かったかもしれません。
剖検して骨折などが見つかれば、車道に出た際に交通事故で負傷したまま、なんとか営巣地まで戻ってきて息絶えたというシナリオが考えられます。
大型のスカベンジャー(鳥や哺乳類)が死骸を食べに来ているらしく、アナグマの死骸は毛皮の一部が剥ぎ取られ、露出した肉が食い荒らされていました。
アナグマは餓死したのではなく、巣穴を乗っ取ろうとする他の野生動物に襲われて、殺されたのでしょうか?
容疑者としては、ホンドギツネやホンドタヌキ、ホンドテン、ニホンイタチが考えられます。
これらの動物はいずれも、ニホンアナグマの冬眠する巣穴に潜り込んで物色する姿がトレイルカメラに写っていました。
「同じ穴の狢 」として平和に同居していると思っていたのに、まさか居候が家主を殺すでしょうか?
タヌキは自分で巣穴を掘れないので、穴掘りの得意なアナグマに依存(片利共生)しないといけません。
アナグマがいつ死んだのかも、私には分かりません。
私が前回(16日前の3月中旬)現場に来たときはアナグマの死骸を見ていません。
そのときは雪の下に死骸が埋もれていた可能性もあり得ます。
早春になって積雪が溶けた結果、アナグマの古い死骸が現れたのかもしれません。
遺体の下は日陰となって、まだ残雪がありました。
残雪と接地していることで死骸の右半分がずっと冷やされて続け(冷蔵保存)、腐敗の進行が辛うじて抑えられているようです。 次に、推理小説や刑事ドラマで最近よく活躍する法医昆虫学者の真似事をしてみました。
素人が死亡時期を推定できるでしょうか?
「寒の戻り」と言って寒波(雪)が断続的に戻って来る早春には昆虫がまだほとんど活動しておらず、腐肉食性昆虫相による死亡時期の推定は難しそうです。
それでも、クロバエ科の仲間(種名不詳)が2匹、アナグマの死骸に来ていました。
クロバエは成虫で越冬しますから、気温が高ければ死臭を嗅ぎ取っていち早く飛来します。
この日はよく晴れて、日向の気温は高そうです。
(午後14:21の気温は27℃でした。)
クロバエは口吻を伸縮して死骸の表面で吸汁していました。
特にアナグマ死骸の耳の穴や、後脚太腿の食い荒らされた傷口を舐めています。
歩いてアナグマの左目に移動したものの、アナグマは目をしっかり閉じていたので水分の多い眼球を舐めることは出来ず、離れていきました。
食事の合間に左右の前脚を擦り合わせて身繕いしています。
クロバエの複眼を見る限り、この個体は♀のようです。(左右の複眼が頭頂で接していない。)
もし♀なら死骸に産卵するはずですが、腹端を見ても、動画には撮れていませんでした。
卵胎生で幼虫を産み付ける(産仔)ニクバエ科と違って、クロバエ科の♀は産卵するそうです。
このクロバエの種類を見分けられる方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると助かります。
クロバエ科は(死体の)膨隆期まで、ニクバエ科は腐朽期まで入植が見られる。ニクバエ科は温暖期にのみ活動するが、クロバエ科は(中略)気温が低い時期はクロバエ属をはじめとするクロバエ類が活動している。 (三枝聖『虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話 』p61より引用)
クロバエ科・ニクバエ科意外のハエは通常、新鮮期の死体には入植しない。(同書p63より引用)
筆者はブタの死体を着衣状態で野外に放置して、経過を調べる研究実験も敢行しています。
晩秋・早春など温暖期と寒冷期の移行期(寒暖境界期) は気温が低く、ブタ死体の腐敗分解はゆるやかに進行するため、顕著な膨隆期はみられず、乾燥が進行する。(p111より引用)
寒暖境界期に活動するクロバエのウジは、低温対策のためか死体内部に潜行する傾向があり観察が難しいこと、成長もゆっくりと遅いことから、死後経過時間推定の指標とするには体長の計測のみでは不充分である (p112より引用)
現場では気づかなかったのですけど、死んだアナグマの前足の肉球の隙間に、白いウジ虫が蠢いているようです。
動画を見直して初めて気づいたのですが、死骸の毛皮に付着している数個の小さな茶色い紡錘形の物体は、ハエの蛹(囲蛹)ですかね?
死骸に産み付けられたハエの卵が孵化して低温下で蛆虫を経て蛹になったとすれば、アナグマが死んでからかなりの日数が経過していることになります。
それとも、謎の異物はひっつき虫などの植物由来かな?
クロバエの蛹が死骸の毛皮に付着した状態で見つかるのは不自然ではないでしょうか?
クロバエが動物の死骸に産卵した場合、老熟した幼虫は死骸を離れて地中などで蛹化するはずです。
Perplexity AIの回答によれば、
死骸の毛皮にクロバエの蛹が付着していることは、稀ではありますが、以下の状況では可能性があります
・死骸の状態: 腐敗が進んでいない比較的新鮮な死骸の場合
・環境条件:周囲に適切な蛹化場所がない場合
・幼虫の数:大量の幼虫が存在し、競争が激しい場合いずれにせよ、私のやった現場検証は中途半端すぎて、アナグマの死後経過時間を推定できそうにありません。
遺体や虫のサンプルを全て持ち帰って丹念に調べないことには無理だと実感しました。
アナグマがこの地点で死んだとは限りません。
例えば巣穴の中で死んだアナグマを、タヌキが外に引きずり出した可能性も考えられます。
監視映像にはそのようなシーンは写っていませんでしたが、トレイルカメラにはすべての動きが記録されている訳ではない(どうしても撮り漏らしがある)という点が、もどかしいところです。
また、どこか遠くで見つけたアナグマの死骸を他の動物に横取りされないように、タヌキがここまで運んできたのかもしれません。
積雪期なら、雪面に足跡や死骸を引きずった跡が残ったはずですが、残雪がどんどん溶けていく早春にはそのような手掛かりを得られませんでした。
当時の私は、「定点観察していたセットの主が死んだとは限らない」と自分に言い聞かせていました。
発情した♀を探し求めて求愛する夜這い♂など、余所者のアナグマ個体が遠征してきて偶然ここで死んだ(行き倒れた?)可能性もあるからです。
しかし、その後も営巣地(セット)で定点観察を続けると、ここでアナグマの姿をまったく見かけなくなりました。
次にアナグマが現れたのは、何ヶ月も先のことです。(映像公開予定)
つづく→
【アフィリエイト】