Σ こんちゅーぶ!
身近な生き物の行動を動画で記録して紹介するYouTube虫撮り日記です。
2026/02/08
晩秋の雨夜にアナグマの営巣地をうろつく冬毛のホンドテン【トレイルカメラ:暗視映像】
晩秋の湿地帯でケッケッ♪と鳴き続ける謎の鳴き声はキジの警戒声?(野鳥)
A1: 結論を先に言うと、**キジでは、鳴禽類でいう意味での「ぐぜり(=学習に基づく発声練習段階)」は、基本的に想定されていません。**---## 前提整理:キジの鳴き声は「さえずり」ではないご指摘のとおり、* キジ(キジ科 Phasianidae)は**鳴禽類(Oscines)ではない*** 繁殖期の♂の鳴き声(いわゆる「ケーン」)は**求愛・縄張り誇示の信号音**ではあるが、* 複雑な音節構造* 学習による型の獲得を伴わないしたがって、これを**さえずり(song)と呼ぶのは用語的に不適切**で、英語文献でも *song* ではなく *call* や *advertisement call* の扱いになります。---## 若いキジ♂に「ぐぜり段階」はあるのか?### 結論**ない、と考えるのが現在の理解です。**理由は構造的に明確です。---## 1. 発声制御の神経基盤が違う### 鳴禽類(さえずりを学習する鳥)* 専用の**音声学習回路**をもつ* HVC* RA* Area X* そのため* subsong(ぐぜり)* plastic song* crystallized songという**段階的発達**が起こる### キジ類* こうした音声学習核をもたない(正しくは未発達:しぐま註)* 鳴き声は* **遺伝的に規定された運動パターン*** 成長に伴う筋力・体サイズの変化で完成していく→ **学習に基づく「練習段階」は発生しない**---## 2. 若鳥が鳴くことはあるが、それは「練習」ではないここが混同されやすい点です。### 若いキジ♂の発声* 成鳥に比べて* 声がかすれる* 音圧が弱い* リズムが不安定ことはあります。しかしこれは* 神経回路の未完成* 鳴管や呼吸筋の未成熟* 体サイズの違いによる**物理的制約**であり、* 成鳥の音型に「近づけようと試行錯誤している」* フレーズを組み替えているといった、**ぐぜりに特徴的な挙動は見られません**。人間で言えば、* 発声練習ではなく* 声変わり前の単純な声質差に近い状態です。---## 3. キジの鳴き声に「可塑性」はあるか?### 基本構造* 音節数* 配列* リズムは**ほぼ不変**。### 変わるのは* 音量* 繰り返し頻度* タイミング(社会的文脈)だけです。つまり、* **何を鳴くか**は固定* **いつ・どれくらい鳴くか**が調整されるこのタイプの音声では、**ぐぜりという概念自体が当てはまらない**。---## まとめ* キジの繁殖期♂の鳴き声は**鳴禽類のさえずりとは機構的に別物*** したがって**若いキジ♂に、ぐぜり的な発声学習段階は存在しない*** 若鳥の未熟な声は**学習ではなく、身体的成熟の問題**という整理になります。
A2: 結論から言うと、
キジ成鳥♂で繁殖期後に「ケンケーン」や母衣打ちが消える主因は、テストステロン低下による“動機づけ・実行回路の抑制”であり、
鳴禽類のような「発声神経核そのものの季節的肥大・萎縮」が起きていると考える必要はありません。ただし、「神経核は全く変わらない」と言い切れるわけでもなく、どのレベルが変化しているかを分けて考えるのが重要です。
1. 鳴禽類との決定的な違い(前提)
鳴禽類(学習型)
繁殖期:
HVC・RA などのさえずり神経核が肥大
テストステロン依存で構造変化(体積・シナプス密度)
非繁殖期:
核が縮小し、さえずりが消える/単純化
→ 行動の変化と神経核の形態変化が強く連動
キジ(非学習型)
発声は
脳幹~中脳~基底核系の比較的一般的な運動回路
学習専用核はなく
季節による明確な核の肥大・萎縮は報告されていない
→ 鳴禽類と同じモデルは当てはまらない
2. では何が変わっているのか?
① テストステロン低下が引き金(ほぼ確実)
繁殖期後に起きるのは、
血中テストステロン濃度の急低下
視床下部—下垂体—性腺軸(HPG軸)の沈静化
これにより、
縄張り性
攻撃性
求愛行動
誇示行動(発声・母衣打ち)
が一斉に抑制されます。
重要なのは、
発声“能力”が失われるのではなく
発声“する理由”が消えるという点です。
② 変わるのは「発声のスイッチ」
キジの鳴き声制御は、
発声運動パターン:比較的固定
それを起動するかどうか:強く内分泌依存
つまり、
鳴管・呼吸筋・運動プログラムは温存
それを動かす
視床下部
中脳の動機づけ回路
ドーパミン系
が抑制される。
これが、
鳴かなくなる
母衣打ちしなくなる
しかし驚かせると突然鳴けることがある
という現象をよく説明します。
3. 神経核は本当に「何も変わらない」のか?
ここは慎重に言う必要があります。
可能性としては
発声関連核で
神経伝達物質の量
受容体発現
シナプス効率
が可逆的に変化している可能性は高い。
ただし、
核の体積が季節で目に見えて変わる
新しい回路が消える/現れる
といった、鳴禽類的な構造変化は想定しにくい。
要するに、
「構造が作り替えられる」のではなく
「既存回路のゲインが下げられる」という調節です。
4. 母衣打ちも同じ枠組みで説明できる
母衣打ちは、
羽・筋肉・姿勢を用いた
強い視覚的誇示行動
であり、
発声と同じく
テストステロン依存の行動群
に含まれます。
実際、
発声と母衣打ちは
同時に現れ
同時に消える
去勢・ホルモン操作で同調して変化する
ことが知られており、
→ 共通の上位制御(動機づけ系)に束ねられている
と考えるのが自然です。
5. まとめ(因果関係を整理)
繁殖期後のキジ♂で
発声・母衣打ちが消えるのは
テストステロン低下が主因
それに伴い
発声を司る運動回路そのものが壊れるわけではない
発声を起動する中枢(動機づけ・実行系)が抑制される
鳴禽類のような
発声神経核の季節的肥大・萎縮
学習回路の再編
とは質的に異なる調節という位置づけになります。
Q3:「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」という有名な三段落ちがある。これをキジに拡張して生物学的に上手いことを言いたい。「鳴かぬなら○○○○○○○キジ」の形式で7文字を埋めて。最後のキジが2文字で字足らずだが、なるべく575に近づけたい。
A3: キジ相手なら、三段落ちのオチはこれが一番“生物学的に正しい”と思います。
「鳴かぬなら季節待てば鳴くキジ」
「季節」=繁殖期
「待てば」=テストステロンが再上昇するのを待つ
「鳴く」=能力は常に保持されている
という点で、
鳴けないのではなく、内分泌的・行動学的に“今は鳴かないだけ”
という理解を、きれいに一句に押し込めています。文字数的にも
季・節・待・て・ば・鳴・く(7文字)+キジ(2文字)
で、ご指定どおり。ホトトギス版が人間の気質論なのに対して、
キジ版は季節生物学・行動内分泌学の一句になっているのが、なかなか渋いと思います。
Q4: キジを指す別名(日本語の古い呼び名や方言など)で、5文字に近い別名はないだろうか?
A4: あります。しかも、この文脈(和歌・俳句・狂歌寄り)にかなり相性のよい古名がいくつかあります。
結論からいくと、5文字に最も近く、格調も保てる候補は以下です。
最有力候補
「雉子鳥(きじどり)」〔4文字〕
古くからある和語
『万葉集』・平安期文献にも見える
「雉(きじ)」単独よりも古風・文学的
意味はそのまま キジ(特に雄を指すことが多い)
575に当てはめると:
鳴かぬなら
季節待てば鳴く
雉子鳥語感・格ともにかなり強いです。
5文字にかなり近い候補
「山雉子(やまきじ)」〔4文字〕
山に棲むキジを強調した呼称
近世文献・民俗語彙で使用例あり
生態的ニュアンスが入るのが利点
ただし、
種名というより生態型の呼称
文学的硬度は「雉子鳥」より少し下
「国つ雉(くにつきじ)」〔5文字相当〕
「国つ鳥」に引っかけた雅語的表現
厳密な固定名称というより修辞的呼称
和歌的にはかなりアリ
ただし、
やや創作寄り
生物学的正確性より文化的含意が強い
方言系(ただし注意)
「ケンケン」系
鳴き声由来の呼称(各地に分布)
文字数は合いやすい
が、
擬音化が強く
今回の「生物学的にうまいことを言う」趣旨とはややズレる
ため、今回は優先度低。
まとめ(用途別)
最も無難・格調高い
→ 雉子鳥(きじどり)生態ニュアンスを足したい
→ 山雉子(やまきじ)和歌的・修辞的に攻める
→ 国つ雉(くにつきじ)もし、
「鳴かぬなら○○○○○雉子鳥」
のように二段構えで整えたいなら、
雉子鳥はほぼ最適解です。
Q5: 鳥類学的に正しくキジの生態を説明しようとすると、例えば「鳴かぬなら季節待てば鳴く国つ雉」となり、結局は「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」とほぼ同じになってしまうのが面白いですね。
A5: ほんとうに、そこがいちばん面白いところですね。
鳥類学的にいくら厳密に言い換えても、
キジは鳴けなくなったわけではない
内分泌状態と季節が合えば必ず再び鳴く
介入して「鳴かせる」対象ではない
という事実を一句に圧縮すると、
結局の帰結は「待つ」以外に正解がない
になってしまう。
だから
鳴かぬなら
季節待てば鳴く
国つ雉は、
表層的には生物学の一句なのに、
構造的には鳴かぬなら
鳴くまで待とう
ホトトギスと同型になる。
しかも違いは、
ホトトギス:
人間側の処世訓・人格論(忍耐)キジ:
生物側の制約条件(季節性・内分泌)というだけで、
結論の形式が一致するのがきれいです。言い換えると、
生物学的に正しく考えるほど、
人間の経験則(古典的な諺)に収束するという逆転現象が起きている。
これは決して偶然ではなくて、
江戸期の人間は
季節生物としての鳥
鳴く/鳴かないの周期性
を、理論は知らなくても経験として知っていたからでしょう。
だからホトトギスの句は、
実はかなり「生態学的に正しい」。キジを持ち出して厳密化すると、
その正しさが逆に浮き彫りになる――
そこが、この遊びの一番知的なオチだと思います。
最後の問は、今までのような調べ物をする質問とは違って、AIに理系と文系にまたがるクリエイティブな無茶振りをしてみました。
それでも質問の意図を正しく察して、それなりに応えてくれたので感心しました。