2017年11月中旬
8年前にキンケハラナガツチバチ♂(Megacampsomeris prismatica)を初めて撮影したブログ記事で、私は次のように書きました。
♂なので毒針はもちませんが、腹端に刺が3本生えていて捕まえるとこれでチクチク刺してくるのだそうです。
今度見つけたら試してみよう。
セイタカアワダチソウに訪花していた♂雄蜂を見つたので、長年の懸案だったテーマを実験してみましょう。
持っていたビニール袋を使ってキンケハラナガツチバチ♂を生け捕りにしました。
♀と比べて♂の大顎は貧弱なのか、ビニール袋を食い破れません。
家に持ち帰り、袋からハチを取り出しました。
右翅と脚を指で摘んだ状態で保定すると、長い腹部を曲げて腹端にある3本の鋭い突起で刺そうとしてきました。
しかし全く痛みはなく、こけ脅しでした。
腹端トゲの材質が柔らかく、いくら指に突き立てても皮膚を貫通して出血するほど刺さりません。
これは以前、キンケハラナガツチバチ♂標本の腹端トゲに触れた時も感じたことで、だからこそ私は恐怖心を抱かずに生きた雄蜂で実験できたのです。
つまり同種(あるいは近縁種)の♀による刺針行動を♂が擬態しているのでしょう。(刺針行動擬態と勝手に呼ぶことにします。)
もし鳥などの捕食者がキンケハラナガツチバチ♀の毒針に刺された経験があれば、雄蜂♂が痛くなくても刺す素振りをするだけでその恐怖の記憶が蘇り、捕まえた雄蜂を咄嗟に離してしまうことは有り得そうです。
比較対象として、キンケハラナガツチバチ♀の毒針を使った刺針行動も動画に撮ってみたいものです。
ちなみに、腹部が黄色と黒の縞模様なのは多くのハチ類に共通したミューラー型擬態です。
♂に特有の腹端トゲの正式名称を知らないのですが(ご存知の方は教えて下さい)、もしかすると♀と交尾する際に何か重要な役割があるのかもしれません。
例えばトンボの♂は腹端には把握器があり、♀の首根っこを掴んで尾繋がり状態になるのが交尾への第一歩です。
しかしキンケハラナガツチバチ♂の腹端トゲは動きません。
あるいは♂同士が争うときに、この三叉棘を武器として使うのでしょうか?
3本のトゲの物理的な強度をもう少し上げて刺す武器として進化させるのは難しくない(明らかに生存に有利)と思うのですが、武器としてなまくらな状態のままなのは何故でしょう?
繭から羽化脱出するときに普通の蜂は大顎で食い破るのですが、キンケハラナガツチバチ♂はこのトゲを使って繭を内側から破いたり引き裂いたりするのかな?
しかしこの仮説は、♂にしか無い理由を説明できるでしょうか?
ツチバチの♂成虫は♀よりも腹部が長いので、繭の段階から性的二形があったりして?
ツリアブ科の中にはハナバチや狩蜂の巣内に労働寄生して育つものがいます。
そのようなツリアブは蛹の頭頂部に生えている鋭い突起を使って寄主♀が(泥などで)巣を封じた隔壁を中から破って外に脱出してから羽化するのです。
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♀の毒針は産卵管が変化したもので伸縮自在です。
一方♂の腹端トゲ(三叉矛)は、腹端のクチクラが棘状に変形した構造で、伸縮しません。
余談ですが、顔を接写してみるとキンケハラナガツチバチ♂の大顎は左右非対称でした。
左の大顎だけが開閉しています。
どの個体もそうなら、機能的にどんな意味があるのでしょうね?
実は腹端トゲに刺されるよりも、大顎に噛まれたくなかったので、今回の実験では翅を摘んだのでした。
(実は噛まれても痛くないのかな?)
【追記】
大谷剛『昆虫―大きくなれない擬態者たち』という本を読むと、まさにこの問題を扱った章「雄バチは雌バチに擬態している」がありました。
ツチバチの雄バチの標本を見ると、尻の先端にとがったものが三本も見えるではないか。(中略)改めてツチバチの♂を見ると、どれも必ずにせの針(一本ではなく三本というところが面白い)がある。♀は本物をもっているから、ちゃんと針はひっこめることができる。雄バチのものは尻先の突起物でひっこめることはできない。つまり、♂の尻先の突起物は毒針の擬態なのだが、鋭くとがっているので、尻を曲げて押し付けられると、かなり痛いのだ。これで痛いと思ってあわてて放り出すとすれば、単なる擬態よりも効果的だから、「ベイツ型擬態」というより「ミュラー型擬態」に近いことになる。(p74より引用)
私の知る限り、擬態に関する本でこの問題を取り上げたのは大谷氏だけで、貴重な記述です。
しかし私の実体験では、(少なくともキンケハラナガツチバチにおいて)雄蜂♂の3本棘に刺されても痛くないと断言できます。
ツチバチの捕食者が鳥類や哺乳類の場合、羽毛や毛皮に覆われた体表を貫いて突き刺して痛みを与えることはまず無理だろうと思います。
他のツチバチ類の雄蜂♂でもいずれ試してみるつもりです。
更に、ツチバチ♂を生き餌として鳥や動物に与えてみて、3本棘による痛みで忌避するかどうか、実験で確かめることが必要です。
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