2021/05/17

ニホンイノシシが真冬のリンゴ園で雪を掘って落果を食べた痕跡

2021年1月中旬・午前10:20〜10:50頃・晴れ
前回の記事:▶ 雪山に残されたニホンイノシシのフィールドサイン(その2)足跡、糞、小便跡、血痕など

野生のニホンイノシシSus scrofa leucomystax)に雪山で生まれて初めて遭遇した日の出来事を、時間を遡って発端から記録しておきます。 
今回の記事は動画無しの写真ネタです。 
スノーシュー(西洋かんじき)を履いた私が雪山を登り始めたら、雪面に有蹄類の獣が残した足跡を見つけました。 
てっきりニホンカモシカの蹄跡だろうと思い込み、追跡を始めました。 
新雪だと足跡が明瞭でアニマルトラッキングしやすいのですが、この日の雪質は表面が固く凍っていて(クラスト状態)、足跡を読み解くのが少し難しかったです。 
雪上でアニマルトラッキングするのは1年ぶりで、私の推理力はすっかり鈍っていました。(細かいノウハウを忘れていた)
初めは足跡の進行方向の見極めも覚束ないほどでした。 
リンゴ園の横を一度通り過ぎてから足跡の進行方向の読み間違いに気づいた私は、逆に辿って戻りました。 



なるべく新しい明瞭な足跡を選び、進行方向を読み解いてトラッキング(追跡)します。 
雪が少し深いところはラッセル跡の獣道になっていました。 
ときどき蹄の跡があまりきれいに付いていない(二重に踏みつけられている)点が気になりました。 
カモシカは群れを作らず単独行動をするのが普通です。 
同一個体のカモシカが同じ1本の獣道を往復しているのでしょうか? 
追跡者(私?)に気づいて、まこうとしているのかな? 

痕跡を残した動物の正体がイノシシと分かってしまえば、それまでの謎が全て明快に説明できるようになりました。 
1頭が往復したように見えた足跡は2頭のイノシシが縦列で歩いた結果であり、蹄の跡が重なったり重ならなかったりしていたのです。 
イノシシはカモシカよりも体高が低い(脚が短い)ので、深雪では腹を擦ってラッセルした跡が残ります。 

山麓に広がるリンゴ園(標高295m地点)に戻って辺りを見渡しても獣の姿はありませんでした。
足跡の主がリンゴ園で何をしていたのか、痕跡を調べてみることにしました。 
ところが蹄跡はリンゴ園内で錯綜していて、私は何度も見失いかけました。 
足跡を見失った地点からグルグルと螺旋状に広がりながら歩けば、新しい(きれいな)足跡を再び見つけることができます。 

リンゴの木の下の根元で雪を掘り返した穴があちこちに開いていました。 
リンゴ園には多数の落果が雪に埋もれたまま凍っていて、野生動物はそれを食べに来たのだと分かりました。
雪を掘り返した辺りにはリンゴ落果の食べ残しと、見慣れない形状の糞が残されていました。 
カモシカは草食性ですけど、果実を食べるイメージが私には無かったので、そこでまず違和感を覚えました。 
餌の乏しい積雪期なら、カモシカは雪に穴を掘ってリンゴ落果を食べてもおかしくないのかな? 









リンゴ園の雪面に残された糞塊は、黄色みが強い黄土色でした。 
見慣れたカモシカの糞とは色も形も明らかに違うので、私の頭は更に混乱しました。 
タヌキの溜め糞、またはニホンザルが残した糞なのかと思い直しました。 
それならタヌキやニホンザルの足跡が雪面に残っていないのは変です。 
雪が降って足跡が一度埋もれてしまったのか?と苦しい推理をしました。 
それなら雪面に露出している糞塊を説明できません。
雪面がクラストしていれば、体重の軽い動物は足跡を残さずに歩けるのかもしれません。
矛盾が出ないよう仮定に仮定を重ねる無理な推論よりも、シンプルな仮説の方が正しいはずだ、という「オッカムの剃刀(思考節約の原理)」は真理だと今回つくづく実感しました。 
ここ山形県で長年イノシシは絶滅状態だったので、まさかリンゴ園で落果を食べに来た容疑者がイノシシという可能性が私の念頭には全く無かったのです。 











リンゴ園での調査を終えてから足跡を辿って雪山を登り返すと、途中でスギの根元を掘り返した跡があり、土が露出していました。(標高308m地点)
イノシシが細い根などを採食したのでしょう。





この後、足跡を追跡して雪山を更に登ると、寝床で油断していたイノシシ2頭と出会ったのです。(標高335m地点)

ニホンイノシシとの初遭遇に味をしめた私はこの冬、雪深い裏山や果樹園に足繁く通いました。 
ところがイノシシとは二度と再会できず、痕跡も見つかりませんでした。 
リンゴの落果が他の動物や野鳥に食べ尽くされて、果樹園に来る理由が無くなったのかもしれません。 
雪山で蹄の跡を辿っても、出会えたのはニホンカモシカだけでした。 
この地域に出没するイノシシの個体数は未だ少なく、あの2頭だけだったようです。 
私の執拗な追跡で山の反対側に追い払ったことになり、逃げた2頭のイノシシはすっかり懲りて戻って来なくなったのでしょう。 
もし春までイノシシ2頭がこの地域に留まり続ければ、農作物に大きな被害が出たでしょう。
私が結果的にイノシシを追い払ったことで、食害に苦しむ農家のための害獣対策にはなりました。 
しかし、動物カメラマンとしての心境は複雑です。(残念…) 

逃げたイノシシをしつこく追い回すのではなく、山中の寝床(ねぐら)やリンゴ園内に無人カメラを設置して監視したら、長期の観察が出来たかもしれません。 
わずか一日でも集中的なフィールドワークが出来たので、イノシシの生態やフィールドサインについてかなり勉強になりました。 
これからはイノシシが残したフィールドサインを見つけたら、自信を持って見分けることができそうです。

近年、夏の山中で謎の穴掘り跡や寝床を何度か見つけたことがあります。
思い返すとあれはイノシシの仕業だったのかもしれません。 
過去に山中で見つけた蹄の跡は全てカモシカだと決めつけていたのですが、イノシシの可能性を含めて再検討する必要がありそうです。
私のフィールドで未だ見たことのない有蹄類はシカだけになりました。 

シリーズ完。



【追記】
リンゴ園ではイノシシの糞以外の細長い獣糞も見つけました。
タヌキかキツネではないか思うのですが、どうでしょうか?
それともテンなどのイタチ系かな?
少し古い糞らしく、周囲に明瞭な足跡は見つかりませんでした。
フィールドで複雑に絡み合った痕跡を読み解いていくのは大変です。
実は同じ雪山でホンドギツネにも出会えたのですが、それはまた後の話。(映像公開予定)







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