2013年9月下旬
ニホンザルの死骸を土に還す者たち:#16
2日前の観察では、死骸Rの頭部にミツバチが群がり、眼窩や鼻腔の奥に侵入していました。
記事はこちら→「ニホンザルの死骸に集まるミツバチの謎」生物分解の進んだ今回、ミツバチは死骸の顔にもはや興味を失い、未だウジ虫が居残っている死骸の手足に繰り返し飛来していました。
巣別れ(分封)または逃去したコロニーが猿の頭蓋骨内に入居し営巣を始めるのではないか?という私の密かな予想(願望)はどうやら外れたようです。
一方、死骸を食べて育ったハエの終齢幼虫が蛹化に備えて死骸から続々と離脱し、地面に密集して蠢いています。
記事はこちら→「猿の死骸から離脱するウジ虫の群れ」そこに飛来したニホンミツバチのワーカー♀が、ウジ虫の群れに着陸してはすぐに飛び立つ、という謎のアタックを繰り返しています。
ウジ虫の体表の粘液を舐めているのでしょうか?
そのうち、ミツバチが興奮したようにウジ虫の群れを襲い明らかに捕食しているように見える、衝撃映像が撮れました。
大顎で獲物を噛み千切って肉片を食しているのか、口吻を突き刺して吸血しているのか、それともウジ虫の体表を舐めているだけなのか、私の興味はミツバチの口元にあります。
残念ながら、檻に阻まれて思うように接写できません…。
ミツバチは飛び去る際にカリバチのように肉団子を作ったり獲物を麻酔して持ち帰ったりせずに、ウジ虫をその場にポイ捨てして帰ります。
猿の死骸からウジ虫を一匹ずつ取り除いているように見えるときもありました。
でもその解釈はさすがに無理があるように思います(無益な行動?)。
ニクバエ、クロバエ、キンバエなど屍肉食性のハエの中で、ミツバチが好むウジ虫は特定の種類の幼虫に限るのかもしれません。
そんなことをしたら毒針が抜けてミツバチの方が死んでしまいますからね。
ミツバチに解放されたウジ虫は暴れており、麻酔状態ではないようです。
蜜蜂はハナバチの代表格なのに、まさか狩りを行うとは予想だにせず、非常に興奮しました。
先祖返りの採餌行動なのでしょうか?((c)吉原将軍さん)
ウジ虫の体表は粘液で濡れていますが、死骸を体外消化した後ですからアミノ酸などが豊富に含まれていそうです。
舐めてみれば実はもの凄く甘かったり(禁断の蜜の味?)、ロイヤルゼリーの味とたまたま似ていたりするのでしょうか?
腐敗した肉であれ他の昆虫の体の組織や脂肪体であれ、ハエのウジが餌をとるやり方は、口から酵素を出して餌を分解し、それを吸収するという方法である。(『ハエ学:多様な生活と謎を探る』p128より)
ミツバチの集合フェロモンや女王物質にたまたま類似した化学物質をウジ虫が(何か別の目的で)分泌している可能性もありますね。
死骸の毛皮を舐めたり身繕いしてから飛び立つミツバチもいます。
死骸に群がりウジ虫を襲うミツバチはよほど飢えていたのか?
死骸や蛆虫に来るミツバチ♀の後脚の花粉籠は空荷でした。
しかし現場周辺で蜜源となる花がひどく不足していたとは思えません。
例えば最近のブログ記事でミツバチの訪花シーンを扱ったもの(@コスモス、ヤクシソウなど)はこの付近で撮った映像です。
この時期は特にひどい天候不順でもありませんでした。
ちなみに私が個人的に相談した米国の蜂屋さんは、「渇水期の緊急的な吸水行動ではないか」という解釈でした。
これも私にはちょっとしっくり来ません。
田んぼの稲刈り前で灌漑用水路は水を抜かれていましたけど、小雨が降る日もありましたし、近くには沢の水も流れています。
【参考】水運びではふだん蜜を運ぶ蜜胃に水を入れてしまい、蜜を飛翔燃料に使うことができなくなるから、遠距離を飛ぶことは難しい。それで少しでも近いところから運ぼうとする。(『ニホンミツバチ:北限のApis cerana』p104より)
もしも実験として、飲用水や甘い砂糖水、山盛りのウジ虫を入れた皿を死骸の傍らに並べて置いていたら、巣から通って来るミツバチはどの皿を選んだでしょうね?
釣具店で「サシ」餌という名前で売っている様々なハエの幼虫を買ってきて実験してみても面白いかもしれません。
古代の人々は知っていた?
ミツバチが死骸やウジ虫に群がり吸汁するという「不潔な」習性について、ネット検索しても日本語サイトで似たような事例はなぜか見つけられませんでした。
もしかすると養蜂家の間では蜂蜜のブランド・イメージを守るために秘匿された「不都合な真実」なのでは?…と思うのは私の勘ぐり過ぎでしょうか。
動物の腐乱死体をじっくり観察する物好きが居ないだけですかね?
英語の検索キーワードに切り替えて調べてみると、面白いことが分かりました。
大昔の人々は死骸に群がるミツバチのことを知っていた可能性があります。
古代エジプトの神話や旧約聖書にそのような記述があるそうです。(※追記3参照)
ミツバチは動物の死骸から「自然発生」すると西洋では19世紀まで信じられていたそうです。
これはやがて非科学的で荒唐無稽の伝承だと否定されました。
「昔の人は死骸に群がるハエをミツバチと見間違えたのだろう」というのが現在の論調で笑い話になってます。
【参考サイト1、2、3(英語版wikipedia:Bugonia)】
自然発生説(※追記7参照)は論外だとしても、今回の観察で温故知新のどんでん返しがあるかもしれません。
ただし、死んだ牡牛やライオンに群がると古代に記述された蜂が現生種のミツバチと本当に同種であるとは限りません。
屍肉を専門に採餌するvulture beeが大昔は世界中に広く分布していたのに、近代までにほとんどが絶滅してしまったのでしょうか?
ハナバチのなかのつむじ曲りの例として、最近、南米のハリナシバチの一種(Trigona hypogea)が、蛋白源として、動物の死肉を集めてきて幼虫のえさとすることが報告されている。このハナバチは、さまざまな脊椎動物の死体をみつけると、5対の歯をもった大腮で肉をかみちぎって胃に呑みこみ、巣へ運ぶということである。だから、ハナバチ特有の後脚の花粉カゴ(バスケット)が退化しており、巣の中にも花粉の貯蔵はまったくみられないという。 (松浦誠『社会性ハチの不思議な社会』p148より引用)
映像に登場する複数個体のなかには、セイヨウミツバチのように見える個体もいます(腹部の縞模様に明るい褐色帯あり)。
ただしこの見分け方はいつも自信がありません。
現場で一匹だけミツバチを採集して後翅の翅脈を調べると、M3+4が明瞭なニホンミツバチ(Apis cerana japonica)でした。
更にその3日後にもう一匹採集した個体もニホンミツバチ♀でした。
ミツバチに擬態したアブやハエの類(双翅目)ではありませんでした。
つづく→シリーズ#17
【追記】
『ニホンミツバチ:北限のApis cerana』p55、142によると、
ミツバチが肉食性を示す例として、計画的に巣を逃去する前に羽化が間に合いそうにない幼虫や蛹をタンパク源として食べてしまうらしい。
同書の別な箇所では「間引く」という婉曲的な表現でしたが、おそらく食べてしまうのだと思います。
・環境悪化時の調節要因としての幼虫の間引き。夏枯れで花の咲いていない時期など、群内はシーンとしていてほとんど動きがない。ごく一部の探索蜂が出ていっているほかは、「よい蜜を発見!」とのニュースがもたらされるまで、じっと我慢し、それが続けば産卵は抑制され、多すぎる幼虫は孵化後まだ小さいうちに処分されてしまう。(p136~137より)・花粉(タンパク質)資源の不足に対応して、女王蜂が産卵を抑止するばかりでなく、蜂児、特に卵からかえって間もない幼虫を間引いて、花粉資源環境の回復を待つ。(p171より)
ローワン・ジェイコブセン『ハチはなぜ大量死したのか』によると、養蜂に使うセイヨウミツバチにも幼虫(蜂児)を捕食する子殺しや食卵の習性があるそうです。
コロニーのたんぱく質のレベルを調整する役割は育児蜂の肩にかかっている。たんぱく質が少なくなると、まず、採餌蜂への供給をストップする。これでも足りないと、新しく産み出された卵や、若い蜂児を食べて、たんぱく質をリサイクルする。いよいよたんぱく質のレベルが悪化すると、女王蜂のすぐ後ろについて、産み落とされる卵を次々と食べてゆく。実はこれは、完璧に調節された巣を営むためのもうひとつの知恵だ。つまり、たんぱく質のレベルが低下し、育児蜂がいよいよ空腹に耐えられなくなると、彼らはもっとも便利なたんぱく質資源である卵に手を出さざるをえない。このことが結局は、コロニーが支えられるだけの数の蜂しか生まれてこないよう調節することになる。 (ハードカバー版p70より引用)
wikipediaにも「子殺し」の一例として載っていました。
ミツバチの中には天敵に巣をおそわれた場合に、働きバチが子を食べてしまう場合がある。これは天敵に食べられるよりは自分で食べた方が無駄にならないと考えられる。【追記2】
『日本蜂類生態図鑑―生活行動で分類した有剣蜂』p54によると、ミツバチの
洋種は刺した場合に針を残し内臓まで伴ってでて蜂は死ぬことになるのだが、日本種は多くの場合刺した針を巧みに引きぬくことができるのである。
【追記3】
YouTubeのコメント欄にてクリスチャンの方に旧約聖書の出典を教えてもらいました。
Judges 14:8
After some time, when he returned to get her, he turned aside to see the carcass of the lion. And behold, a swarm of bees and honey were in the carcass of the lion.
調べてみると、これは『士師記』の第14章8節に書かれていました。
文字通りに解釈するとライオンの死骸に営巣して蜜を蓄えていたことになり、vulture bee(Trigona spp.)の習性とも異なります。
以下はwikisourceによる日本語口語訳。
14:8
日がたって後、サムソンは彼女をめとろうとして帰ったが、道を転じて、かのししのしかばねを見ると、ししのからだに、はちの群れと、蜜があった。
14:9
彼はそれをかきあつめ、手にとって歩きながら食べ、父母のもとに帰って、彼らに与えたので、彼らもそれを食べた。しかし、ししのからだからその蜜をかきあつめたことは彼らに告げなかった。
【追記4】
『赤い手帳(2011年)』というフランス映画を字幕で見ていたら、葬式での喧嘩を諌めた女性が次のような台詞を言いました。(@46:48)
あなたたち恥を知りなさい。そうやって責任をなすりつけ合って死人の蜜にたかるミツバチ同然ね。
日本語だと「砂糖にたかるアリ」という表現はよく目にします。
もしかしてフランス語では上記(追記3)の聖書の故事にちなんで「死体の蜜にたかるミツバチ」という慣用句があるのですかね?
【追記5】
スー・ハベル『虫たちの謎めく生態:女性ナチュラリストによる新昆虫学』という翻訳書の第12章「なぜハナアブはミツバチと同じ配色なのか」を読んでいたら、次の記述を見つけました。
ウェルギリウスは『農耕詩 第4巻』で、ニンフの子であるアリスタイオスは家畜の死骸からミツバチを生みだすことができるという(誤った)考えにもとづいて、彼を農業の神とあがめている。(p264より引用)
ウェルギリウスは本当にこんなことを信じていたのだろうか?(中略)この一連の幻想は、動物の擬態の意図せざる勝利、私たち人間に向けられた風刺、あるいは、少なくとも、権威を疑おうとしなかった、または疑うことができなかった文学者たちに向けられた諷刺になっている。(p268より引用)
紀元前の古代ローマ時代の偉大な詩人ウェルギリウスに責任の一端があるそうです。
ギリシャ神話の中でミツバチの巣箱を作って養蜂の技術を発明したとされる神アリスタイオスについて次に調べると、
プローテウスは、ミツバチの病気について次のように語った。(中略)これを聞いたアリスタイオスは、まずドリュアスたちに牛の生け贄を捧げ、9日後に同じ場所で冥府のエウリュディケーとオルペウスを慰める生け贄を捧げた。すると、牛の死体から一群れのミツバチが飛び立った。新しいミツバチたちを飼育する方法をこの地に伝えたことで、アルカディア人たちは彼をゼウスとして崇拝した。(中略)
牛の死体からミツバチを育てたという物語は、古代ローマの詩人ウェルギリウスが古い絵を誤って伝えたものである。おそらくこの絵はキューレーネーが殺した、あるいはキューレーネーに捧げられたライオンから蜂が飛び立っている図であり、聖王交代の古い儀式を表している。旧約聖書では、サムソンが殺したライオンからミツバチが飛び立っている。養蜂の技術はもともとクレタ島起源であり、例えば蜂蜜を付けたパンという意味のギリシア語は「ケリントス」といい、関連する用語を含めてクレタ島起源である。(wikipediaより引用)
一方、この本『虫たちの謎めく生態』にも問題があり、動物の死体に湧く蛆虫はミツバチではなくハナアブの幼虫であると書いていて唖然としました。
屍肉食性のハナアブ幼虫もいますが、死体を分解するメインはやはり、ハエの幼虫でしょう。
【追記6】
別の記事(同じ連載シリーズの#7)に対するコメントで、小畑弘己『昆虫考古学 (角川選書)』という専門書を紹介してもらいました。
第5章で葬送昆虫考古学を扱っています。
ヒトの遺体に群がる様々な節足動物の中で膜翅目(ハチ目)も挙げられていました。
ミツバチが液化状態のときに遺体を食べるのに対し、スズメバチとアリはハエの卵のもっとも大きな捕食者である。スズメバチはハエの成虫を捕らえ、巣にいる幼虫に与える。(p117より引用)
【追記7】↑おまけの動画
「無からネズミを生み出す方法は「汚いシャツと小麦粉を混ぜる」【自然発生説1】#45」by ゆる生態学ラジオ
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