2020年7月中旬・午後15:05〜15:15・くもり
▼前回の記事
クロオオアリ♀を狩って運ぶアオオビハエトリ♀(蜘蛛):前編
私がトイレから戻って来ると、依然としてアオオビハエトリ♀(Siler cupreus)はミズキ根際の石に登って落とした獲物を取り戻す機会を窺っていました。
クロオオアリ(Camponotus japonicus)の巣口に近いので働き蟻(ワーカー♀)の往来が激しく、なかなか獲物に近づけません。
その石の上では2匹のクロオオアリ♀が向かい合って休んでいるように見えます。
後に判明したのですが、左の個体Lが先程クモに噛まれて麻痺状態でした。(クモの落とし物)
右の個体Rは心配そうに付き添ってるのでしょうか?
しかしクモ毒が回った仲間を手当てする方法などありません。
アリの社会には兵隊アリというカーストがあっても、衛生兵はいないのです。
弱った仲間を今度は餌と認識して巣に運ぶか、あるいは営巣地付近の衛生状態を保つために巣から遠い所に死骸を捨てに行くだろうと予想したのですが、そのようなドライな行動も見られませんでした。
瀕死の仲間の傍らにちょっと付き添うだけですぐに離れて行きます。
仲間がクモの手に渡らないように必死で守る訳でもありません。
アオオビハエトリ♀が右のアリRに歩脚で軽く触れると、その個体Rは反応しました。
クモはアリRの背後に回り込み、周囲を警戒しています。
クモは立ち止まると、第1脚の先を舐めて身繕いを始めました。
他の元気なアリが石の舞台に乱入すると、クモは慌てて退散します。
石の側面に一次避難したクモは再び石の上に登ると、痙攣しているアリLを正面から取り戻しに行きました。(@1:30)
いつの間にかアリRは居なくなっていました。
クロオオアリ♀Lの左触角を咥え、獲物を引きずりながら後退します。
獲物の運搬法は先程(前編で)観察したのと同じでした。
虫の息の獲物はわずかに脚を踏ん張って抵抗するものの、痙攣している脚にあまり力が入りません。
アオオビハエトリ♀が獲物の首元に噛みつこうとした瞬間に、別個体の元気なアリが助けに来ました。(@1:47)
おそらく瀕死のアリが放出した警戒フェロモンに反応して、近くの仲間が駆けつけたのでしょう。
クモは慌てて獲物を離し、逃げ惑います。
しかし助けに来たはずのアリは深追いせずに、すぐに居なくなってしまいます。
敵であるアオオビハエトリに腹端から蟻酸を吹きかける攻撃もしませんでした。
この点が私にはさっぱり理解できません。
素早く逃げ回るアオオビハエトリをアリはよく見えないのでしょうか?(クモが体表を化学擬態?)
クモに連れ去られそうになっている仲間を奪還しに来たように素人目に見えるだけで(擬人化)、実はただのランダムウォーク中にクモと遭遇しただけなのかもしれません。
すぐに戻って来たクモは、今度は獲物の左中脚の先端(跗節)を咥えると、またもや獲物を引きずりながら後方に運搬開始。(@1:52)
獲物に近づいて体を抱え込み、噛もうとした瞬間に、再び邪魔が入りました。(@2:02)
クロオオアリは急所を噛まれる(とどめを刺される)寸前に警戒フェロモンを発するのでしょうか。
クモは慌てて退散します。
同じことの繰り返しで、事態がさっぱり進展しません。
観察している私も焦れったくなってきました。
クモが落とした獲物は小石の側面に引っかかっていました。
その下でアオオビハエトリ♀は別個体の元気なアリと対峙しています。(@2:27)
クモがヒットアンドアウェイしてもアリは逃げません。(この個体も実はクモに軽く噛まれて麻痺状態?)
ようやくクモは落とした獲物を取り戻しました。(@3:05)
麻痺した獲物の左触角を咥えて後方へ運びます。
獲物が脚を踏ん張って抵抗するので、アリの右の触角も噛んで同時に2本咥えるようにしました。(@3:27)
獲物を運んで石から下りると、幹を這う蔓を何本も苦労して乗り越え、蔓植物の小葉に乗りました。
ここなら他のアリに邪魔されにくいでしょう。
私が初めに見たときは獲物を持ってミズキの幹を運び上げようとしていたのですが、今度は逆向きに運んだことになります。
つまり、アオオビハエトリ♀は決まった場所(住居網※)に獲物を持ち帰ろうとしているのではありません。
※ 本種は樹皮下や葉裏に袋状住居を作るらしい。(ネイチャーガイド『日本のクモ』p305より)
アリの巣から少しでも離れて、どこでも良いから安全な場所に獲物を運んで、落ち着いて捕食したいだけのようです。
獲物を裏返すと、喉元に噛みつきました。(@4:15)
ここが獲物を吸汁するための決まった部位なのでしょう。
そのまま葉裏に回り込んで隠れてしまいました。
しばらくすると、クモは獲物の喉から吸汁しながら葉表に戻っていました。(@4:54)
葉を伝い歩き、獲物を更に運搬して行きます。
ただでさえ曇り空なのに、草むらの中をマクロレンズで接写すると、かなり薄暗いです。
仰向けにしたアリの死骸の喉元に噛みつきながら葉上を運搬
草むらのあちこちにアリの体が引っかかって運びにくそうです。
咥えた獲物を前に運ぼうとすることもありましたが、周囲の障害物に引っかかるので、後退するほうが楽なのでしょう。
獲物は絶命したようで、もう全く動いていません。
最後は私も茂みでクモを見失ってしまいました。
アリに邪魔されない場所で落ち着いて捕食吸汁を楽しむのでしょう。
アオオビハエトリがアリを狩る(初めて噛み付く)瞬間を観察できなかったのは残念です。
アリからの反撃を恐れ、素早いヒットアンドアウェイの攻撃を繰り返すらしいのですが、今回の観察ではとにかく臆病な印象を受けました。
アオオビハエトリを生け捕りにすれば、飼育下でアリ狩りを観察・撮影できるかな?
夕方に現場を再訪したものの、アリの巣の近くにアオオビハエトリ♀の姿はありませんでした。
大型のクロオオアリ♀を1匹狩って満腹したら、その日はもう狩りをしないのかもしれません。
あるいは夕方で薄暗くなると、狩りは打ち切るのかもしれません。
私は未練がましく後日に何度も現場を再訪したのですが、二度とアオオビハエトリ♀に会えませんでした。
【追記】
小松貴『絶滅危惧の地味な虫たち (ちくま新書)』によると、
アリは個体数が多く、いたる所に生息している。栄養価も高い。だから、ひとたびアリの「食いづらさ」さえ克服できたものたちにとっては、アリの巣や行列は汲めども尽きぬ無尽蔵の食料庫である。脊椎動物・無脊椎動物の別なく、そんなアリ専門の捕食者として進化した生物が、いくつもの分類群からぽつぽつ誕生している。クモの仲間もそのうちの一つだ。(中略)徘徊性の「アリ専」グモの多くについては、狩りの時に「アリに飛びかかり、噛みつくとすぐ離す」習性を持つ。(中略)アリ捕食に特化したクモは、逃げられるリスクを冒してなお捕らえた獲物を一度手放すのだ。アリは反撃能力が高い昆虫のため、ずっとアリに噛みついたままだと断末魔のアリの抵抗にあい、致命的な反撃を食らうおそれがある。獲物に先手を打って攻撃し、相手が力尽きるまでは距離を置くという戦法は、昆虫と比べて体の軟弱なクモにとってまさに必勝の技といえよう。(p266より引用)
筆者はアリに詳しいので、この辺りの記述は力が入っています。
アオオビハエトリが獲物を落としてしまったり臆病に見えた理由がこれで分かりました。
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