2018年5月中旬
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寄主オビカレハ(蛾)幼虫の巣に居座り産卵を狙うヤドリバエ♀【6倍速映像】
ヤドリバエ(寄生ハエ)の一種♀が寄主のオビカレハ(Malacosoma neustrium testaceum)若齢幼虫を巣上で追い回して産卵を試みるものの失敗を繰り返すシーンだけ編集しました。
早回し映像ではなくリアルタイム映像でご覧下さい。
いわば、失敗を集めたNG集です。
ヤドリバエ♀は標的に狙いを定めると歩いて接近します。
腹端を前方に屈曲させ、産卵のチャンスを狙います。
幼虫の長い体の後部になら卵を産み付けるチャンスは幾らでもありそうなのに、そこには決して産卵しないのが不思議です。
テント状の巣には穴があり、そこからオビカレハの幼虫が外に脱出しようとしていました。(巣の左上@3:32)
穴の横で待ち伏せしていたヤドリバエ♀は絶好の産卵チャンスなのに、産卵姿勢のままなぜか決行せず断念しています。(意気地なし!)
余談ですが、この小さな穴から巣内に戻る幼虫も居るのかな?
群生する幼虫が徐々に巣を離れてミズナラ灌木の小枝をよじ登り始めました。
一旦巣を離れた幼虫がまた巣に戻って来ることもあります。
おそらく夜暗くなると散開してミズナラの葉を食害し、朝になると巣に戻って休むのでしょう(夜行性?)。
実は今回、オビカレハ幼虫の群れの行動をタイムラプスで長撮りするつもりでいたら、ヤドリバエ♀の存在に気づいたのです。
産卵に成功したシーンは巣を見つけ撮り始めてすぐの2回だけでした。
そのときの産卵箇所は寄主の頭部付近(胸部側面?)でした。
巣内で幼虫の群れに長時間つきまとっているシーンを見ても、産卵を狙う箇所に拘りがあることが伺えます。
その理由はおそらく、オビカレハ幼虫の後部にこっそり産卵するのは簡単でも、異物感で気づいた幼虫はすぐに口で卵を取り除いてしまうからです。
これは、便秘で苦しむオビカレハ幼虫が排泄後も肛門から落ちずにずっと付着したままの糞を体を曲げて口で取り除いたシーンをたまたま観察したことから予想されます。
ただし、このヤドリバエ♀が寄主の体表に卵を産み付けるタイプであるかどうか、映像では分かりませんでした。(私の記憶が正しければ確か、産卵管を突き刺して寄主の体内に産み付ける種類のヤドリバエ♀もいたはずです。)
体内に産み付けられてしまえば、もはや口で卵を取り除くことは不可能でしょう。
次は免疫系による異物排除・隔離の出番です。
しかし寄主の頭部付近を狙うと当然見つかりやすくなり、頭振り行動で反撃されるリスクも高まります。
幼虫に気づかれたら一時退避して、ほとぼりが冷めるのを待つしかありません。
ヤドリバエ♀の代替策として、空中から幼虫の胸部に飛びついた瞬間に卵を産み付ける作戦はどうでしょう?
しかし、オビカレハ幼虫(天幕毛虫)に生えている長毛は、寄生蝿の着陸を邪魔したり、鋭敏な触覚センサーとして働くのでしょう。
ヤドリバエ♀が毛虫の体に着陸しようとしても、すぐに気づかれて振り落とされてしまいそうです。
毛虫の毛を刈ると被寄生率が上がるかどうか、試しに実験する価値はありそうです。
寄主が群生する巣を見つけたヤドリバエ♀は産卵する標的を選り取り見取りのやりたい放題で、見つかってしまったオビカレハ幼虫としては全滅を免れる術は無いのかと初めは思いました。
しかしこうして観察を踏まえてじっくり考えてみると、ヤドリバエ♀は意外にも難易度の高いミッションに辛抱強く挑んでいたのだと分かってきました。
寄生蝿は寄主の体の前後を見分ける必要がある訳です。
私の予想ではなんとなく、前進運動する動きで見分けている気がします。
逆に寄主側の自衛策としては、自己擬態で体の前後を同じ模様にして見分けにくくすれば良さそうです。
似たような自己擬態は、シジミチョウ類の成虫が後翅の尾状突起を触角に似せて鳥に急所の頭部をつつかれないように騙している例が有名です。
実際にオビカレハ幼虫は、体の前後の両端に黒い斑紋が目立ちます。
少なくとも静止している間は、この自己擬態作戦である程度はヤドリバエ♀からの執拗な攻撃を凌げるかもしれません。
ただし、この自己擬態は未だ不完全です。
頭楯の灰色も後端に真似る必要がありますね。
オビカレハ幼虫に偽の頭楯(灰色)を後端にくっ付けてみる実験をしてみたら、ヤドリバエ♀による被寄生率が下がるでしょうか?
オビカレハ幼虫は広食性ですから、大発生すると森林害虫として深刻な被害をもたらします。
したがって、天敵のヤドリバエ(寄生蝿)の習性を研究することは、農薬(殺虫剤)に頼らない生物学的防除(天敵を利用した害虫駆除)に結びつく可能性があるでしょう。
とりあえず、このヤドリバエの種類を写真鑑定できる方がいらっしゃいましたら、教えて下さい。
現物は採集できていません。
インターネット検索しても、オビカレハ幼虫を寄主とする寄生蝿の情報は得られませんでした。
それでも関連しそうな文献がヒットしました。(PDFファイルが無料で見れます)
石野依利子、戒能洋一『ヤドリバエDrino inconspicuoides の産卵行動について』アワヨトウという蛾の幼虫に寄生するヤドリバエの一種Drino inconspicuoidesで産卵行動を調べた研究です。
つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 101
興味を惹かれた箇所を引用すると、
♀バエは、寄主から数cm離れたところまで歩行により近づき、しばらくの間寄主の動きを追った後、産卵を試みた。その際、寄主が移動した場合は、頭部の向きを変える、歩行により後を追うなどの行動をとった。寄主に接近するまでの時間や産卵までの時間などは個体差が大きかった。
産卵を試みる際は、寄主に肢をかける(6本肢すべてをかけて「乗って」しまう場合もある)個体と、寄主の近くから産卵管を伸ばす個体とが観察された。産卵を試みなかった個体には、寄主に全く接近しなかったものと、寄主の方から接近してきたなどの原因で寄主との距離が縮まっても寄主を避ける行動をとったものの2種類があった。
今回私が観察した寄生蝿はDrino inconspicuoidesと別種かもしれませんが、産卵行動が共通だとすると、産卵に何度も失敗する(手間取る)のはよくあることなのだろうと納得できました。
※ 動画編集時に自動色調補正を施しています。
シリーズ完。