2023年6月中旬
6/14・午後18:45〜18:47(日の入り時刻は午後19:06)
日没前の夕刻にニホンアナグマ(Meles anakuma)のヘルパー♂が巣穴Rrの拡張工事に没頭しています。
巣穴の中から掻き出した土砂に混じって腐葉土も出土しました。
おそらく巣材(寝床)として大量に搬入した落ち葉などが分解したものでしょう。
今まで使っていた居室(子供部屋?)を大幅に改築工事していることが伺えます。
ヘルパー♂が巣穴Rrの奥深くに潜り込んでいるときに、左側の巣穴Lから母親♀が顔を出しました。
腹面に乳首が発達していて、左右の目が不均等(右目<左目)なのが、この♀個体の特徴です。
夕方の営巣地(セット)周辺を警戒しているだけかと思いきや、♀が巣穴Lから外に出てきて巣穴Rの方へ早足で突進しました。
関連記事(前日の撮影)▶ ニホンアナグマ♀に叱られてもめげずに巣口を外から掘り広げるヘルパー♂【トレイルカメラ:暗視映像】
不意をつかれたヘルパー♂が巣口Rrから慌てて外に跳び退りました。
ヘルパー♂の方が母親♀よりも少しだけ体格が大きいのに、♀には頭が上がらない様子が見て取れます。
てっきり、泥だらけで面影が失せたヘルパー♂を外敵(侵入者)と誤認した♀が攻撃するのかと思いました。
アナグマは視力が良くない上に薄暗い時間帯ですし、穴掘りで全身真っ黒に汚れた息子(1歳仔♂)と気づかなくても無理はありません。
擬人化すると、おかんが息子に 「ちょっとあんた家の玄関先で何してんの、脅かさないでよ〜、誰かと思ったわ」 とか言ってそうです。
しかし、2頭の小競り合いにはならず、♀はヘルパー♂が掘ったばかりの巣穴Rrに入って中を調べています。
内見を済ませた♀が外に出てくると、巣外で待っていたヘルパー♂に近づいて互いに毛繕いをしました。
しかし、今回の相互毛繕いは儀式的な挨拶のようなもので、短く終わりました。
ヘルパー♂の毛皮の泥汚れを♀が対他毛繕いで本格的に落としてやることはありませんでした。
ヘルパー♂の労をねぎらった♀が元の巣穴Lに戻ると、ヘルパー♂はまた独りで巣口Rrの穴掘り作業をせっせと再開しました。
左右に離れた2つの巣穴LとRは内部でつながっているはずです。
いくら母親♀が幼獣4頭の育児で忙しいからと言っても、ヘルパー♂が巣穴Rrで穴掘りしていることは、巣L内の♀はとっくに承知しているはずです。
今さらヘルパー♂の穴掘り作業の物音を外敵の侵入と誤認するとは考えにくいです。
ニホンアナグマの社会では、穴掘りの重労働はヘルパー♂に任せて、母親は幼獣の育児に専念する、という分業が成り立っているようです。
現ヘルパー♂は性成熟する翌年には♀から営巣地を追い出され、次に選ばれた弟が新たにヘルパー♂を務めることになります。
ヘルパー♂が掘った巣穴は、♀が存命中は自分の財産(不動産)になりません。
つまり、ヘルパー♂を務める個体にとって、♀のために巣穴を掘ってやる行動は明らかに利他的行動になります。
※ ヘルパー♂自身が住む巣穴でもあるので、100%利他行動とは言えませんね。
親孝行するのは当然だという人間社会の価値観を持ち込んでも仕方がありません。
(ヒトにはヒトの、アナグマにはアナグマの暮らし方があるのです。)
アナグマにおけるヘルパー制度の進化は血縁選択で説明できるでしょうか?
ヘルパー♂が母親の育児を間接的に手助けすれば、血縁度の高い弟や妹が無事に育つ確率が高まり、結果的にヘルパー♂の適応度が上がります。
ここで問題になるのは、父親が同じとは限らないという点です。
アナグマの交尾は一夫一妻ではなく乱婚ですから、ヘルパー♂が(間接的に)世話する相手は異父の弟妹となる可能性が高く、血縁度は0.50から0.25に下がります。
血縁度が0.25と低ければ、アナグマのヘルパー♂が♀の育児(対他毛繕いなど)を直接的に手伝わない理由も納得できそうです。
アナグマ家族の全個体から採血したり毛根を採取したりしてDNAで親子鑑定(父性鑑定)すれば、実際の血縁度が求められるはずです。
残念ながらアマチュアがこれ以上は追求できません。
ある年に母親♀が産んだ幼獣の性別がもしも全て♀だった場合、翌年のヘルパーは若い娘♀(1歳仔♀)が務めるのかどうか、気になります。
例えば今年2023年に生まれた幼獣4頭が全て♀である確率は1/16=6.25%です。
(まさか、アナグマ♀は女王蜂のように子供の性別を自由自在に産み分けられるのでしょうか?)
ヘルパーが♀の場合には、♂よりも非力で巣穴を掘るのは苦手かもしれません。
しかし、乳母として幼獣(弟や妹)に授乳できる可能性があり(※ 追記参照)、ヘルパーが♂の場合よりもヘルパー自身の適応度がより高まることが予想できます。
ヘルパー♀が独立したときのために子育ての練習になる、というメリットもあるでしょう。
母親♀が死亡した時に娘(ヘルパー♀)への巣穴の継承(相続)もスムーズに進むはずです。
逆にアナグマのヘルパーが♂という現状は、私からすると奇妙な社会で、どうやって進化したのか不思議です。
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※【追記】
鈴木欣司『アナグマ・ファミリーの1年』(2000年)によると、
暑い夏のさかり、子アナグマの体もずいぶん大きくなりました。反対に、母さんアナグマのおっぱいは小さくなって、あまり目立たなくなりました。ほぼ離乳したのでしょう。ところが、ふしぎなことが起きました。ヘルパーの乳首が、ピンク色に大きくなっていたのです。普通は、にんしんすることで乳腺が発達するのですが、ヘルパーの場合、子育てに参加しているうちに、自分もにんしん出産した気持ちになってしまい(にせにんしん)、体に変化が起きたのかも知れません。マングースのヘルパーは、母親にかわって子どもに授乳することがあるそうですが、アナグマのヘルパーが、子アナグマにおっぱいをあげたかどうかはまだわかりません。 (p28〜29より引用)
著者は東京都青梅市郊外にある民家の裏山に営巣するアナグマ家族を餌付けし、庭に張ったブラインド内から撮影・観察しています。
カメラトラップの手法が一般化する前の時代なので仕方ないのですが、今の知見からすると首をひねる記述が散見されます。
餌付けという特殊な条件での観察結果は、どれだけ自然な行動を反映しているのか、疑問です。
まず、著者の観察したヘルパーは♀でした。(その点は著者を信用しています。)
母親♀だけでなく父親♂も給餌場に現れ、幼獣を引率して餌場に来るのは♀とヘルパー♀だと書いてありました。
(フィーダーにくる様々な野生動物の中で順位が最も高いのはアナグマの父親♂なのだそうです。)
また、アナグマの交尾期は早春なのに、明らかに間違っています。
アナグマの交尾期は5〜6月といわれていますが、このフィーダー(餌場:しぐま註)のアナグマ夫婦は、それよりもすこしおそいようです。(p27より引用)
アナグマ関連の本がなかった時代には貴重な資料です。
児童書ですが観察結果と文献で調べたことをきっちり区別して書いてあり、分からないことは分からないと正直に書いてあるのも好感が持てます。
ただし、動物学や生態学は日進月歩なので、古い本を参考にするときには注意が必要です。
若輩者の私が一丁前に疑問を呈したり反論したりできるのも「巨人の肩に乗っている」だけです(偉大な先人の功績のおかげ)。
ささやかな恩返しとして、指摘しておきます。
私自身が観察記録を残した拙ブログも不完全だったり間違いが含まれているでしょうし、後に誰かの指摘によって少しずつ修正されていくことでしょう。
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