柳の根際に営巣したヒメスズメバチの記録#5
前回の記事#4
2017年9月中旬・午前3:00頃・気温14.5℃、湿度75%
柳の根際の土中に作られたヒメスズメバチ(Vespa ducalis)の巣が掘り返された(崩落した?)形跡があり、残り少なくなった蜂もなんだかよく分からない行動をしていました。
そこで、巣盤の破壊状況を自分の目で直接確認してみることにしました。
しかし、スズメバチ用の防護服は高嶺の花です。
いくらヒメスズメバチが穏健な(攻撃性の低い)種類のスズメバチだとは言え、防護服を持っていない私はなかなか巣に近づけません。
それでもできるだけ安全に巣を調べる作戦を思いつきました。
モンスズメバチと異なり、ヒメスズメバチは昼行性です。
夜になると外役に出ていたワーカー♀も全員巣に帰って寝ていますし、暗闇では目が見えませんから攻撃性も更に低下しているはずです。
暗視ビデオカメラと赤外線投光機を取りに一旦家に戻り、日付が変わった深夜に現場を再訪しました。
明け方に決行したのは、気温が低い方がスズメバチの活動性が下がるからです。(赤外線投光機の充電に手間取ったせいでもあります。)
ナイトビジョンカメラで巣穴の奥の様子をそっと撮ってみました。
約12時間前の昼間には日光浴や謎の定位飛行、扇風行動を繰り返していたのに、真夜中の巣前庭には一匹も蜂は居ませんでした。
巣穴の入り口に、植物の細根が上から暖簾のように垂れ下がっています。
穴の左奥の下に、スノコのような人工物が見えます。
遊歩道が造られてから長年の間に土が堆積し柳の木や藪が育ったせいで分かりにくいのですが、ここは舗装された遊歩道の路肩で、雨水などを排水するための排水溝(暗渠)がスノコの下に流れているようです。
私がビデオカメラを持ってゴソゴソしていたら、巣穴の右奥から寝起きのヒメスズメバチ♀が1匹歩いて来ました。
焦りましたが、すぐに引き返してくれました。
計3匹の蜂が興奮したようにウロウロと歩き回っています。
そのうちの1匹が翅を半開きにした警戒姿勢になったものの大顎を開閉しただけで、カチカチ鳴らす警告音は聞き取れませんでした。(なので私も身の危険は感じませんでした)
蜂は目覚めていて明らかに警戒していましたが、暗闇では決して飛び立ちませんでした。
巣前庭にも出てきませんでした。
空洞になった柳根際の地面に巣の外皮の破片が散乱しています。
ヒトに駆除されたのか天敵に襲われたのか分かりませんが、巣を破壊されたのは間違いありません。
それでも壊された巣で夜を過ごし、巣を守ろうとする蜂が健気です。
巣盤が上から吊り下げられているはずだと予想してビデオカメラを上に向けてみても、空洞が写るだけで巣盤は見つかりませんでした。(もっとじっくり調べるべきだったと後で悔やむことになります)
壊された巣を再建している形跡もありませんでした。
巣穴の奥には更に多くの蜂が休んでいたのかもしれませんが、確かめられませんでした。
防護服が無いおっかなびっくりの調査では、これが限界です。
ファイバースコープのような暗視カメラをそっと差し込んで撮影するのがスマートかもしれません。(これまた高価な機材で、私には手が出ません)
ヒメスズメバチの巣を発見したその日に、未だ壊されていない巣盤の状況をこの方法で夜に調べなかったのが、一番悔やまれます。
つづく→#6
【追記】
松浦誠『社会性ハチの不思議な社会 (自然誌選書)』を読むと、熱帯のインドネシアで調査したエキゾチックな蜂の話が序章から出てきて面白いです。
「豪雨のなか、ヒメスズメバチと格闘する」と題したエピソードが壮絶でした。(p12〜17)
巣に近づいただけで襲われる、その激烈な攻撃性、凶暴性に震撼し、私が知る日本産ヒメスズメバチの穏やかな性質とあまりにも違うので驚きました。
この記述を額面通りに信じていたら、とても恐ろしくて防護服なしでは私もヒメスズメバチの巣に近づこうとは考えもしなかったことでしょう。
本書は1988年に刊行され少し古い(30年前)のです。
このスズメバチは、東南アジアの各地に15亜種にも分化していて、日本にも、本州以南に3亜種が生息している。(p13より引用)どうもおかしいので読み直すと、
体長3センチを越える大型のスズメバチが、さかんに飛びまわっている。全身、真っ黒で、腹部の中央にオレンジ色の太い帯を一本巻いたそのハチは、スズメバチのなかでもオオスズメバチにつぐ体躯をもった、ヒメスズメバチであった。(p13より引用)本文には和名だけで学名が記されていないのですが、この特徴から、筆者の松浦先生が記録したインドネシアの蜂の学名はVespa tropicaであり、日本のヒメスズメバチ(Vespa ducalis)とは別種であることに気づきました。
古い図鑑を見ると、確かにかつては日本産ヒメスズメバチの学名はVespa tropica pulchraとされていて、分類上の混乱が生まれたのです。
アシナガバチ類の巣を専門に襲撃して幼虫や蛹を奪い、自分の巣の幼虫の食物とするユニークな生態はV. tropicaとV. ducalisで共通らしく、研究の初期には亜種の関係にあると考えられていたのでしょう。
名著でも古い文献を参照する際は、現在の知見と違っている可能性があるので注意が必要です。
0 件のコメント:
コメントを投稿