2012/11/28

死んだウサギの骨髄に群がるムネアカオオアリ



2012年8月下旬

山裾の路上にニホンノウサギLepus brachyurus
)と思われる死骸が転がっていました。
車に轢かれた(輪禍)のかと思い近づいてみると、なぜか首無しの死骸でギョッとしました。
ミステリー(猟奇事件)ですね!
フクロウやトビなどの猛禽類に捕食されたのでしょうか?(※追記参照)
それにしても獲物(ご馳走)が路上に放置されているのは解せません。
どうやら血抜きされているようで、現場に血痕はありません。
つまり殺害現場から運ばれてきたか、あるいは死後に斬首されたと思われます。
猟師の落し物でしょうか?
それとも誰か頭骨コレクターが新鮮な死骸から断頭して持ち去ったのだろうか?


死後間も無いようで、真夏の炎天下でも亡骸は未だ腐臭を発していませんでした。
夏毛は褐色のはずですが、こんなに白っぽいのは不自然です。

アルビノなのかな?
私は未だ野生のニホンノウサギを雪山で冬毛の個体しか見たことがありません。

『日本動物大百科1:哺乳類I』p62によると、
(ニホンノウサギは)積雪量の多い山形県では9月下旬から耳や足の部分から白化を始め、11月下旬の積雪の始まるころまでに体全体が真っ白になる。


白兎ということで、飼いウサギの可能性は?※

参考→夏毛のニホンノウサギのロードキル


※ 帰化種アナウサギ(飼いウサギ)は家畜やペットが逃げ出したものが各地で野生化している。『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』p107より


宮崎学『森の写真動物記〈7〉草食獣 (森の写真動物記 7)』p8によると、
ノウサギは冬になると、毛がまっ白に生えかわるのが特徴ですが、なかには茶色のままのものもいます。中央アルプスには、この両方のタイプがみられます。これは中央アルプスには、むかしから雪が少なかったことを物語っています。雪が多ければ、白いほうが天敵にみつかりにくく有利ですが、雪が少なければ、逆にめだってしまいます。ですから、今後、地球温暖化がすすめば、茶色タイプのノウサギがふえていくかもしれません。

 

千葉彬司『北アルプス動物物語―山岳博物館長とウンコロジーと』という別の本によれば、
 北アルプスのノウサギは、冬になると毛色が茶褐色から白へ変わる。冬になっても白くならないものを、このあたりでは「ナベ」と言っているが、9割がたは白くなる。 白くなるのもいっぺんに白くなるのではなく、徐々に変わる。(p83より引用)
今回の現場は中央アルプスでも北アルプスなくて山形県の豪雪地帯ですが、ノウサギの毛色に2タイプあり得るという情報は参考になりました。

冷静に考え直してみると、この事件はノウサギの毛色の個体変異と自然淘汰というごく当たり前の生物現象なのかもしれませんね。






死骸があると真っ先に駆けつけるキンバエの仲間は左右の複眼が接した♂と離れた♀の両方が来ていました(種名不詳)。
蛆虫(ハエの幼虫)が未だ発生していないことも、新鮮な死骸であることを物語っています。
斬首された断面にムネアカオオアリCamponotus obscuripes)のワーカー(働き蟻)が群がっています。
肉よりも首の骨の骨髄が気に入ったようです。
よほど栄養豊富なのでしょう。
ムネアカオオアリの胸部は元々赤いのですが、まるで死体から返り血を浴びたようで凄まじい光景です。
毛皮の上で身繕いしている蟻もいます。
仕事熱心なワーカーは骨髄の破片(肉片?)を大顎に咥えて巣に持ち帰り始めました。
キンバエが産卵しようと傷口(切断面)に近づくと追い払いました(獲物の占有行動)。
ムネアカオオアリ以外にも遥に小型で褐色の蟻も来ています(種名不詳)。

分解者(scavenger)の活動で死骸が土に還るまでの様子を微速度撮影したかったのですが、生憎この日はインターバル撮影の準備をしておらず断念。







※【追記】
水野仲彦『野鳥のくらし:卵から巣立ちまで』という名著を読んでいたら、フクロウの観察記録の中に「フクロウの巣中の食べ残しの犠牲者たち」と題した白黒写真が掲載されていました。(p192-193)
鳥やモグラ、ネズミと計7つの死骸が並べられていて、全て頭が無い点が私の興味を引きました。
雛に給餌するために巣へ運んでくる前に、親鳥♂が獲物の頭部を食べてしまうのだそうです。
これをヒントに今回の私のケースを推理してみました。
山林でウサギを狩ったフクロウがその場で頭部を食べたものの、重過ぎて巣まで運搬できず途中で落としてしまったのかもしれません。
(大型のクマネズミのサイズならば、フクロウは問題なく給餌したり丸呑みできるらしい)
実際に現場近くの山麓に広がる杉林でフクロウが鳴いているのを聞いたことがあります。




【追記2】
熊谷勝『カラー自然シリーズ66:ハヤブサ』という本を読んでいたら、ハヤブサ類の仕業である可能性も出てきました。
・♂親はさいしょに、するどいくちばしでえものの首をきりおとします。
ほかのワシタカ類が、するどい爪で締め殺すのに対して、ハヤブサのなかまは首を切断して、えものを殺します。(中略)ハヤブサは、えものを殺すと、さいしょにもぎとった首筋から、栄養のある内臓をひきだして食べます。 (p12より引用)
私のフィールドでハヤブサを見たことは未だありませんが、6年後からチゴハヤブサを観察し始めました。


【追記3】
テレビの動物番組(ガリベンガーV)でウサギの研究者による講義を見ていたら、ウサギの毛換わり(モルティング)について詳しく知ることが出来ました。
・ウサギの毛換わりは、体力の消耗が激しいので徐々に行う。 
・夏毛から冬毛に変わる時は、耳→足→大腿部→胸→背中→頭部の順に白くなる。 
・冬から春になると、逆の順番(頭部→背中→胸→大腿部→足→耳)で茶色の毛に生え変わる。
私が見たウサギの死骸で背中の毛だけ茶色で手足が白かった理由が、ようやく分かりました。(換毛の途中にしても季節が合わない気がします。)


【追記4】
高橋喜平『ノウサギの生態』によれば、
 越後の十日町地方でノウサギが夏毛から冬毛にかわる時季、すなわち体毛が白化しはじめる時季は10月である。(中略)10月初旬に毛の短い部分から白化しはじめ、白化が完了するのは11月下旬である。ちょうど、この白化が完了する頃に初雪をみるのである (p74より引用)
1958年と少し古い資料ですが、やはり8月下旬に白化が始まっている個体は異例と言わざるを得ません。


【追記5】
郷土出版社『置賜ふるさと大百科』によると、
置賜地方ではここ数年来、冬になっても白くならない個体のノウサギの捕獲例が多いと地元のハンターから聞くことがある。
 日照時間や気温などの変化に原因があるのではないかと考えられるが、もしかすると地球温暖化の影響なのかもしれない。(p49-50より引用)




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