2012年6月下旬
山中の渓流を遡行していると、多数のミヤマカワトンボ(Calopteryx cornelia)が活動していました。
そのなかで偶然、♀の交尾拒否と思われる興味深い行動が撮れました。
尾繋がり状態のペアが川岸の茂みに止まっています。
前の個体が♂で、胴体がメタリックグリーン。
後ろの個体が♀で、胴体は褐色。
♀の翅だけに目立つ白い斑点は「擬縁紋」と呼ばれます。
♂が♀を前に引き寄せてハート型の交尾姿勢になろうとしても、♀は頑として応じようとしません。
♂は力を入れつつ葉上でバランスを保つため羽ばたいています。
♀は一応、腹部を曲げているものの、決して一線を越えません。
痺れを切らした♂が♀を連れたまま飛んで場所を変えます。
木の葉から近くの下草に移動。
何もアクションを起こさないまま、再び連結飛行で移動。
今度は潅木の枝に止まりました。
♀は腹部をだらんと垂らし、いつまで経っても♂の副交尾器と結合しようとしません。
♂は力を入れて腹部を曲げ、羽ばたきながら♀を引き寄せようと頑張ります。
交尾に先立って連結状態で行われる♂の移精行動をこの♀は妨げているのかもしれません。(参考図書:『ミヤマカワトンボのふしぎ』p22)
今度はまた下草に移動しました。
側面をしっかり見せてくれるアングルに戻ったため、「交尾の体位が分かり易くて助かるなー」と呑気に見ていると不意に♂が連結を解除し、飛び去りました。
遂に交尾を諦めたようです。
葉上には貞操を守った♀が残されました。
ミヤマカワトンボの交尾の成功例(典型例)を観察しないうちに非典型的な(相性の悪い不仲の)カップルに遭遇したので、解釈に苦しみました。
このペアのそれまでの過程を見ていないのですが、まず赤とんぼのように♀の産卵後に♂が尾繋がりの交尾後ガードを解消した可能性を考えました。
つまり、やるべき繁殖活動を完遂した後にペアが尾繋がりを円満解消したという可能性です。
ところが本種の産卵は♀が単独で潜水産卵を行うようで、交尾後に♂が連結状態で産卵する♀を警護することはありません。
自分の縄張り内で潜水産卵する♀を♂は近くで見守るそうです。
↓参考動画:by neakayoshiさん
調べて分かったこと(本の引用)。
- ミヤマカワトンボの♂は、水面に浮かび、腹部を反らせ、上空を通過する♀に求愛する。(『トンボ入門』p71より)
- ミヤマカワトンボの♀は腹部を反らせて♂を拒否する。(『トンボ入門』p63より)
- おつながりになっても交尾をしなかったのは、トンボの場合、自分の尻尾を曲げて交尾に応ずるのは♀だからである。♀に交尾する気がなければ、おつながりになっても♂は諦めるしかない。(『トンボの不思議』p56より)
- ミヤマカワトンボでは、縄張り内に♀がやって来ると、♀に近づき、「しっぽの先を反らせて水面に浮かぶ」という求愛の動作を示す。♂のしっぽの先端は白くなっており、その部分を誇示して、自分が魅力的な♂であることをアピールするかのようである。水面に浮かぶのは一瞬で、すぐに飛び上がって♀を追いかける。それに対して、求愛の受け入れを示す♀の合図は、羽を閉じて静止することである。すると、♂は♀の羽の先に着地し、ついでしっぽの先で♀の首根っこを掴んでおつながりとなる。♂が着地するあたりの羽には、「擬縁紋」と呼ばれる白く目立つ斑点がある。一方、♂の求愛が気に入らない♀は、縄張り外に飛び去るか、静止しても羽を広げ、♂が着地できないようにする。すると♂はすぐに諦め、それ以上♀につきまとうことはしない。(『トンボの不思議』p52より)
今回観察したような交尾拒否行動はトンボの本に記述されていませんでした。
おそらく通常の求愛拒否のシグナルを無視して強引に尾繋がりしたガサツな♂を♀が嫌がり、頑として交尾を拒んだと推測しました。
あるいは尾繋がりしてから♀の気が変わったのかもしれません。
世間のイメージとは異なり、トンボも交尾の最終決定権は♀にあるようです。(♀が♂を選ぶ)
後で思うと、この日はミヤマカワトンボ♂の求愛と思われる不思議な行動も渓流上で一度目撃しているのですが、そうとは知らず撮り損ねました。
トンボは種によって繁殖行動にバリエーションがあり、とても面白いですね。
動画ネタが幾らでもありそうです。
【追記】
私が観察した事例とは異なりますが、図鑑『日本のトンボ(ネイチャーガイド)』にミヤマカワトンボの興味深い生態写真が掲載されていました。
♂同士の連結(Male-male tandem):個体数が多いところでは、まれにこうしたハプニングが起こる。左の♂はまだ気付かずに交尾を促している。(p45より引用)
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