2025/02/18

越冬できずに死んだニホンアナグマの亡骸に群がるクロバエ

 



2024年3月下旬・午後13:30頃・晴れ 

平地の二次林でニホンアナグマMeles anakuma)が冬眠する営巣地(セット)を2台のトレイルカメラで長期間監視しています。 
カメラの電池とSDカードを交換するため久しぶりに現場入りすると、衝撃の展開が待ち構えていました。 
うららかな早春の日差しを浴びて雪解けが進む林床に、野生動物の死骸が横たわっていたのギョッとしました。 
場所はよりにもよって、巣口Rを北側から狙うトレイルカメラNを固定した灌木の真下でした。 

死骸は腐敗が進んでいて、辺りに死臭が漂っています。 
茶色の毛並みはボサボサでした。
一瞬タヌキかと思ったのですが、前足に鋭い爪があるのでアナグマと判明。 
なぜか左前脚の毛皮がずる剥けで、皮膚が露出しています。
後脚の太腿などに、スカベンジャー(カラス?)が死骸を損壊した形跡があります。 
むしり取られた茶色い毛玉が風で飛んだのか、少し離れた地面に落ちていました。 

自分では冷静を保っているつもりでも、やはり精神的なショックが大きかったようで、後で思うと現場での観察が色々と不充分でした。 
例えば横臥している死骸を裏返して反対側(右側面)も調べるべきなのに、やっていません。 
股間の外性器や乳首などを調べて性別を確認すべきだったのですが、とてもその気になれませんでした。 
ゴム手袋やビニール袋などを何も持ってこなかったので、死骸に触れることができない、という事情もありました。 
死んだのが若い個体(当歳仔)なのか成獣か、という点も気になるものの、分からずじまいです。 
成獣なら寿命かもしれません。 

解剖しない限り、アナグマの死因は不明のままです。 
今季は異常な暖冬で積雪量も例年より少なかったので、アナグマの冬眠と覚醒のリズムが狂って無駄に体力を消耗し、餓死したのではないか?と素人ながら疑ってしまいます。 
死骸は腐敗が進んでいるため、持ち帰って解剖する気になれませんでした。 
新鮮な死骸だったら、体重を計ったり、解剖して胃内容物や体脂肪の厚さを調べたりすれば、餓死かどうか分かったかもしれません。 
剖検して骨折などが見つかれば、車道に出た際に交通事故で負傷したまま、なんとか営巣地まで戻ってきて息絶えたというシナリオが考えられます。 
大型のスカベンジャー(鳥や哺乳類)が死骸を食べに来ているらしく、アナグマの死骸は毛皮の一部が剥ぎ取られ、露出した肉が食い荒らされていました。 

アナグマは餓死したのではなく、巣穴を乗っ取ろうとする他の野生動物に襲われて、殺されたのでしょうか? 
容疑者としては、ホンドギツネやホンドタヌキ、ホンドテン、ニホンイタチが考えられます。 
これらの動物はいずれも、ニホンアナグマの冬眠する巣穴に潜り込んで物色する姿がトレイルカメラに写っていました。 
「同じ穴のむじな」として平和に同居していると思っていたのに、まさか居候が家主を殺すでしょうか? 
タヌキは自分で巣穴を掘れないので、穴掘りの得意なアナグマに依存(片利共生)しないといけません。 

アナグマがいつ死んだのかも、私には分かりません。 
私が前回(16日前の3月中旬)現場に来たときはアナグマの死骸を見ていません。
そのときは雪の下に死骸が埋もれていた可能性もあり得ます。 
早春になって積雪が溶けた結果、アナグマの古い死骸が現れたのかもしれません。 
遺体の下は日陰となって、まだ残雪がありました。 
残雪と接地していることで死骸の右半分がずっと冷やされて続け(冷蔵保存)、腐敗の進行が辛うじて抑えられているようです。

次に、推理小説や刑事ドラマで最近よく活躍する法医昆虫学者の真似事をしてみました。 
素人が死亡時期を推定できるでしょうか? 
「寒の戻り」と言って寒波(雪)が断続的に戻って来る早春には昆虫がまだほとんど活動しておらず、腐肉食性昆虫相による死亡時期の推定は難しそうです。 

それでも、クロバエ科の仲間(種名不詳)が2匹、アナグマの死骸に来ていました。 
クロバエは成虫で越冬しますから、気温が高ければ死臭を嗅ぎ取っていち早く飛来します。 
この日はよく晴れて、日向の気温は高そうです。 
(午後14:21の気温は27℃でした。)
クロバエは口吻を伸縮して死骸の表面で吸汁していました。 
特にアナグマ死骸の耳の穴や、後脚太腿の食い荒らされた傷口を舐めています。 
歩いてアナグマの左目に移動したものの、アナグマは目をしっかり閉じていたので水分の多い眼球を舐めることは出来ず、離れていきました。
食事の合間に左右の前脚を擦り合わせて身繕いしています。 
クロバエの複眼を見る限り、この個体は♀のようです。(左右の複眼が頭頂で接していない。) 
もし♀なら死骸に産卵するはずですが、腹端を見ても、動画には撮れていませんでした。 
卵胎生で幼虫を産み付ける(産仔)ニクバエ科と違って、クロバエ科の♀は産卵するそうです。
このクロバエの種類を見分けられる方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると助かります。 
クロバエ科は(死体の)膨隆期まで、ニクバエ科は腐朽期まで入植が見られる。ニクバエ科は温暖期にのみ活動するが、クロバエ科は(中略)気温が低い時期はクロバエ属をはじめとするクロバエ類が活動している。 (三枝聖『虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話 』p61より引用)

クロバエ科・ニクバエ科意外のハエは通常、新鮮期の死体には入植しない。(同書p63より引用) 

筆者はブタの死体を着衣状態で野外に放置して、経過を調べる研究実験も敢行しています。

晩秋・早春など温暖期と寒冷期の移行期(寒暖境界期) は気温が低く、ブタ死体の腐敗分解はゆるやかに進行するため、顕著な膨隆期はみられず、乾燥が進行する。(p111より引用)

 

寒暖境界期に活動するクロバエのウジは、低温対策のためか死体内部に潜行する傾向があり観察が難しいこと、成長もゆっくりと遅いことから、死後経過時間推定の指標とするには体長の計測のみでは不充分である (p112より引用)


現場では気づかなかったのですけど、死んだアナグマの前足の肉球の隙間に、白いウジ虫が蠢いているようです。 
動画を見直して初めて気づいたのですが、死骸の毛皮に付着している数個の小さな茶色い紡錘形の物体は、ハエの蛹(囲蛹)ですかね? 
死骸に産み付けられたハエの卵が孵化して低温下で蛆虫を経て蛹になったとすれば、アナグマが死んでからかなりの日数が経過していることになります。 
それとも、謎の異物はひっつき虫などの植物由来かな? 
クロバエの蛹が死骸の毛皮に付着した状態で見つかるのは不自然ではないでしょうか?
クロバエが動物の死骸に産卵した場合、老熟した幼虫は死骸を離れて地中などで蛹化するはずです。 
Perplexity AIの回答によれば、
死骸の毛皮にクロバエの蛹が付着していることは、稀ではありますが、以下の状況では可能性があります 
・死骸の状態: 腐敗が進んでいない比較的新鮮な死骸の場合
・環境条件:周囲に適切な蛹化場所がない場合 
・幼虫の数:大量の幼虫が存在し、競争が激しい場合
いずれにせよ、私のやった現場検証は中途半端すぎて、アナグマの死後経過時間を推定できそうにありません。 
遺体や虫のサンプルを全て持ち帰って丹念に調べないことには無理だと実感しました。 

アナグマがこの地点で死んだとは限りません。 
例えば巣穴の中で死んだアナグマを、タヌキが外に引きずり出した可能性も考えられます。 
監視映像にはそのようなシーンは写っていませんでしたが、トレイルカメラにはすべての動きが記録されている訳ではない(どうしても撮り漏らしがある)という点が、もどかしいところです。 
また、どこか遠くで見つけたアナグマの死骸を他の動物に横取りされないように、タヌキがここまで運んできたのかもしれません。
積雪期なら、雪面に足跡や死骸を引きずった跡が残ったはずですが、残雪がどんどん溶けていく早春にはそのような手掛かりを得られませんでした。

当時の私は、「定点観察していたセットの主が死んだとは限らない」と自分に言い聞かせていました。 
発情した♀を探し求めて求愛する夜這い♂など、余所者のアナグマ個体が遠征してきて偶然ここで死んだ(行き倒れた?)可能性もあるからです。 
しかし、その後も営巣地(セット)で定点観察を続けると、ここでアナグマの姿をまったく見かけなくなりました。
次にアナグマが現れたのは、何ヶ月も先のことです。(映像公開予定) 



つづく→ 


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山地の路上を歩くオオセンチコガネ

 

2023年10月上旬・午後13:15・くもり 

つづら折れの峠道でオオセンチコガネPhelotrupes (Chromogeotrupes) auratus auratus)が舗装路をゆっくり歩いて横断していました。 
金属光沢(メタリック)に輝く赤紫色がいつ見てもきれいですね。 
近くを探しても、獣糞は見つかりませんでした。 

最後にクロヤマアリFormica japonica)のワーカー♀とニアミス。 


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2025/02/17

雪解けが進む早春のニホンアナグマ営巣地に繰り返し単独で現れるホンドタヌキ【トレイルカメラ:暗視映像】

 



2024年3月中旬〜下旬

シーン0:3/11・午後13:46・晴れ・気温(@0:00〜) 
明るい昼間にたまたま撮れた現場の状況です。 
残雪が消えつつある平地の二次林で、ニホンアナグマMeles anakuma)が冬眠する営巣地(セット)を2台のトレイルカメラで見張っています。 

近所のホンドタヌキNyctereutes viverrinus)が単独で登場したシーンをまとめました。 
 個体識別できていないので、計何頭のタヌキが出没しているのか不明です。 


シーン1:3/12・午前3:52・気温-2℃(@0:04〜) 
未明に林縁の残雪をタヌキが右から左へトボトボと歩いて横切りました。 


シーン2:3/14・午前4:17・気温-4℃(@0:16〜) 
気温が低いせいか監視カメラの起動が遅れがちで、タヌキがどこから来たのか不明です。 
アナグマの巣口Lの匂いを通りすがりに軽く嗅いで行きました。 
左へ立ち去りかけると、その動きでようやく対面の監視カメラが起動しました。


シーン3:3/14・午前4:16・気温-5℃(@0:27〜) 
別アングルで設置したもう1台の監視カメラに続きが記録されていました。 
右に立ち去るタヌキの尻尾だけ画面の右端にチラッと写りました。 


シーン4:3/15・午後16:19・晴れ・気温16℃(@0:34〜) 
日中に晴れると、林床の雪解けがさらに進行します。 


シーン5:3/15・午後20:14・降雪・気温13℃(@0:38〜) 
気温が暖かい晩ですが、強風が吹いて小雪も降っています。 
単独行動のタヌキが右からのそのそと登場しました。 
立ち止まってアナグマの巣口Lで立ち止まり、中を見下ろして匂いを嗅ぐと左へ向かいます。 
タヌキの毛並みが早春の強風(春一番?)に煽られて激しくなびいています。


シーン6:3/15・午後21:28・降雪・気温8℃(@0:38〜) 
獣道を右から左へ横切りました。 
小雪がちらついています。 


シーン7:3/20・午後21:01・降雪・気温0℃(@1:44〜) 
5日後の雪が降る晩に、タヌキが独りで奥の林縁からセットに来て手前に回り込み、アナグマの巣口Rの匂いを念入りに嗅いでから右へ向かいます。 


シーン8:3/21・午後19:08・気温-2℃(@2:25〜) 
翌日の晩にタヌキの登場で監視カメラが起動すると、林床はうっすらと雪で覆われていました。 
アナグマの巣口Rの匂いを少し嗅いでから右に向かいます。 


シーン9:3/21・午後19:26・気温-2℃(@2:36〜) 
18分後に、別個体らしきタヌキが奥の林縁を足早に左から右へ横切りました。 
巣口Rの横を通り、右下へ向かいます。 


シーン10:3/21・午後19:34・気温0℃(@2:47〜) 
8分後に奥の林縁でタヌキが落葉したミズキの根本に排尿マーキングしたように見えました。 
後脚を上げながら小便したかどうか(♂かどうか)、はっきりしません。 


シーン11:3/23・午前2:11・気温-4℃(@2:56〜) 
2日後の丑三つ時にタヌキの登場で監視カメラが起動すると、林床の雪は完全に溶けていました。 
奥の林縁を左から来たタヌキがアナグマの巣口Rで立ち止まり、右の方を警戒しています。 
なぜか慎重な足取りで右下へ向かいます。 
(※死角で見えませんが、アナグマの死骸の方へ向かっているのかもしれません。) 


シーン12:3/23・午前9:20・くもり・気温2℃(@3:19〜) 
7時間10分後、珍しく明るい午前中にタヌキが登場しました。 
地面の匂いを嗅ぎながらセットをうろつき、巣口Rで立ち止まって周囲を警戒してから巣穴Rの中に潜り込みました。 
その後、巣穴Rの外に出るシーンが撮れていないので、一時的な内見ではなく、巣R内で長居したようです。 


シーン13:3/24・午前4:14・濃霧・気温0℃(@3:58〜) 
翌日の未明、濃い夜霧が立ち込める中を1頭のタヌキが林縁を右から左へ。 
アナグマの巣口Lをピョンと跳び超えて左へ向かいました。 


シーン14:3/24・午前4:47・濃霧・気温0℃(@4:11〜) 
約30分後、依然として濃い霧が立ち込める中をタヌキが今度は左から右へ。 
同一個体が戻ってきたのか、それとも別個体なのか、私には見分けがつきません。 
手前に回り込んで巣穴Rに入りました。 
しばらくするとタヌキは頭から巣穴Rの外に出てきて、再び入巣R。 
現場検証できていないのですが、もしかすると巣口Rには実は左右2つの穴が開口していて、タヌキは別の入口に入り直したのかもしれません。 
木の根っこや落枝が巣口Rに散乱していて、入口が分かりにくくなっています。 


シーン15:3/24・午前4:50・濃霧・気温0℃(@4:47〜) 
どうも、タヌキの出巣Rシーンを毎回撮り損ねているような気がします。 
林縁を左から右へうろついてから立ち止まって周囲を警戒。 
巣口Rもちらっと覗き込みました。 
右の死角でアナグマの死骸を見つけたのか、あるいは死骸を食べている先客を警戒したのかな? 

奥の二次林へ入っていったものの、林内で振り返るタヌキの目が白く光って見えます。 


シーン16:3/24・午前6:54・くもり・気温1℃(@5:35〜) 
2時間後の明るい朝にタヌキが来て監視カメラが起動すると、林床のあちこちに再び薄っすらと雪が積もっていました。 

林縁で落葉灌木の匂いを嗅いでから身震いし、そのまま周囲を警戒しながら佇んでいます。 
ゆっくり手前に歩き出したところで、録画時間が終わりました。 


シーン17:3/24・午前7:24・くもり・気温2℃(@6:35〜) 
30分後、タヌキはアナグマの巣口Lに顔を突っ込んで匂いを嗅いでいました。 
そのまま獣道を左へ。 


※ 動画の一部は編集時に自動色調補正を施しています。 



【考察】 
前回の♀♂ペア編と今回の単独行動編でお伝えしたように、この時期はタヌキの登場頻度がなぜか急増しました。 
何か異変が起きたようです。 

これ以上隠し切れないので先にネタバレしてしまうと、巣穴の主と思われる1頭のアナグマが営巣地(セット)の近くで死んでいました。(死骸は監視カメラの画角の外で、写っていません。) 

近所のタヌキは、空き巣になったアナグマの営巣地(セット)を早速乗っ取ろうとする意図が一つあるようです。 
数百m離れた休耕地にあるタヌキの営巣地でこの時期に巣穴の一つが疥癬ホンドギツネに乗っ取られたので、タヌキの♀♂ペアは新たな引越し先(営巣地)を探し求めているのかもしれません。

タヌキの意図としてもう一つは、アナグマの死骸が気になって(スカベンジャーの血が騒ぎ)、昼夜を問わずに繰り返しうろついているようです。 
問題なのは、アナグマの正確な死亡日時が分からないことです。 
監視カメラに写ったタヌキの(いつもとは違う)行動と法医昆虫学的な手法から総合的に推理するしかありません。 


つづく→

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