2012/11/02

ヤマジガバチの労働寄生#8:盗んだ獲物の再搬入と托卵



2012年7月下旬

撮りにくいので急遽カメラを三脚から外しました。
巣坑から斜面を転がり落ちた獲物にジガバチ♀P水が取り付いて、大顎で青虫を咥えています。
葉陰でよく見えませんが、腹部を強く曲げて毒針を刺して再麻酔手術を行っているようです。

噛みほぐしながら♀白が産みつけた卵を除いている(食卵)?

やがて獲物を腹合わせに抱えながら大顎で咥え、再び巣へ戻し始めました。
獲物を運搬する際は必ず大顎で青虫の頭部側を咥えて前進するので、進行方向に対して獲物も前を向いています。
体長、体重ともにジガバチ♀P水<青虫でしょう。

貯食物は大型の青虫(シャチホコガ科の幼虫)が一匹だけだったようです。
運搬中にアリが近寄ってくると、♀P水はジージー♪鳴きながらすごい剣幕で追い回しました。
その間に放置された獲物がまた斜面をずり落ちてしまいました。
蜂は再び青虫を巣口までせっせと運び上げます。
先に♀P水が巣坑に入り中を点検している間にまた青虫がひとりでに斜面を滑り落ちました。

もはやコントを見ているようです。
それに気づいているのかいないのか、♀P水は巣房の掃除を続けます。

小石(♀H白が詰めた閉塞石?)などを咥えて外に何度も捨てに行きます。

育房の掃除が終わると、また青虫を咥えて斜面を登ります。
獲物が重いのか、羽ばたく力も利用しながら歩いて運び上げます。
巣口で方向転換し、入巣しようとすると青虫がまた滑り落ちてしまいます。
すぐに気づいて取りに戻ります。
やり直して運び上げるも、アリの邪魔が入り撃退に向かいます。

2回目以降は獲物を取りに戻っても刺針行動(再麻酔)は見られませんでした。

天罰のような責め苦が永遠に続くかと思いきや、度重なる失敗からようやく学習したようで、最後は巣口から少し横にずらした位置に青虫を置きました。
滑り落ちないことを確認しています。
後ろ向きに入巣してから青虫を咥え、ようやく中に引きずり込みました。
残念ながら中の様子は見えませんが、おそらく巣房内で獲物の体表に産卵していると思われます。。 
一仕事終えた♀P水が外に出てくると、興奮したように近くの枝に飛んで行き大顎を拭い
ました。
(引きの絵でも映っていない)

岩田久二雄『自然観察者の手記』第8章:ジガバチの奇習 p113によると、ジガバチ♀は獲物の中程の環節の気門線に産みつけるらしい。
映像を見直しても盗み出した獲物の体表には卵を見つけられず、いつの間にか♀P水が食卵したかあるいは取り除いて捨てたようです。

つづく




【参考情報、動画など】


ジガバチの生息密度が高いと同種間で苛烈な労働寄生合戦が繰り広げられているようです。

どうしても擬人化して見てしまいがちで、盗みはけしからんと非難されそうです。
しかし実際に観察してみると、カッコウの托卵と同じで実にしたたかで抜け目ない戦略だと心底から感嘆しました。
労働寄生を専門に行う新種ヤドリジガバチ(仮名)へと、種分化がまさに現在進行中なのかもしれません(妄想)。

労働寄生種の多くは同じ科で営巣する蜂を祖先に持つらしいのです。

英語版wikipediaAmmophila sabulosa(英国産サトジガバチ)の習性として労働寄生について解説がありました。

【和訳】 托卵(育児寄生)
Ammophila sabulosaの♀は同種の♀に寄生することがよくある。他の♀の巣から獲物を盗んで自分の巣に貯食したり、あるいは托卵(育児寄生)では他の♀の卵を取り除いて自分の卵を代わりに産みつける。[6] 托卵(育児寄生)は「子孫を残すのにコストがかからず安易な方法の一つであるようだ」。なぜなら既存の巣で卵を取り替えるには約30分しか要しないのに対して、新しい巣を作って貯食するには約10時間かかるからだ。しかしながら托卵された巣の8割以上は更に別の♀によって寄生された。[7]

更に参考文献として、

Field, Jeremy. "Intraspecific parasitism and nesting success in the solitary wasp Ammophila sabulosa." Behaviour 110.1 (1989): 23-45.
(邦題「単独性カリバチAmmophila sabulosaの種内托卵および営巣成功率」)という面白そうなタイトルの論文PDFへリンクが張られていました。
ダウンロードしてみるとかなり読み応えがあり、とても勉強になりました。
この論文では個体識別のためジガバチの胸背にマーキングを施していますが、穴を掘る習性から腹背に標識するしぐま式の方が確認しやすいと思います。

念のため両方に標識しておけば更に確実でしょう。

・裸地で巣を盗掘したサトジガバチが托卵する動画シリーズ(byヒゲおやじさん撮影)。
ジガバチの労働寄生はワンパターンの行動ではなく、他の♀の巣から獲物だけを自分の巣に運ぶパターンもあるそうです。
育房は自ら用意し獲物だけを盗んだ例がこちらに報告されています。(byヒゲおやじさん撮影)。

・盗掘した巣で卵をすり替えるジガバチの見事な動画(3:13 by裏庭さん)





2012/11/01

ヤマジガバチの労働寄生#7:盗掘した巣から獲物を盗む蜂



2012年7月下旬

営巣完了したジガバチ♀H白が去ってしばらくすると(約25分後)、奥の茂みから労働寄生♀P水が登場。
腹背に水色のマーキングを施して以来、今まで姿を見ませんでした。
きっと近くに隠れて巣の閉鎖状況を虎視眈々と窺っていたのでしょう。
一体何を始めるのか、固唾を飲んで見守りました。

巣穴のあった辺りをうろうろ徘徊すると、偽装した巣口を易々と探し当て盗掘を始めました。
♀H白による偽装工作で営巣地の見た目は随分変わってますから、目印や記憶を頼りに探し当てたとは考えにくいでしょう。
匂いを手がかりに嗅ぎつけたのでしょうか?

それまで♀H白との小競り合いを繰り返したのは実は、巣を力づくで奪うためではなくてアリの道標フェロモンのように匂いで印を付けるためだったりして…。
巣口に詰め込まれた偽装材を一つずつ取り除き始めました。
雑多なゴミを口に咥えて少し飛び、空中から捨てます。
後半は大顎や脚でどんどんゴミを掻き分けるだけになりました。

頭を巣坑に入れて似我似我♪鳴いています。
押し固められた土を、大顎に力を入れて掘削しているようです。
掘った土を脚の間から後方に掻いて捨てています。
巣坑に詰め込まれた閉塞石や土塊を一つずつ抱えて飛んで捨てに行きます。





盗掘中の♀P水に突然黒い蜂が襲いかかりました。@10:10
1/5倍速のスローモーション↑で確認しても、飛びかかってきた蜂の正体ははっきり見えません。
現場ではなんとなく交尾目的のジガバチ♂のように思ったのですが、自信はありません。
小競り合いに勝ったのは♀P水でした。
巣を暴かれた♀H白が異変に気づいて戻ってきたのだとしたら、こんなにあっさりと引き下がらないでしょう。

今度は先住効果が♀P水に有利に働くようになったのでしょうか?
すぐに撃退すると、巣に戻ってしばらく警戒しています。
やがて落ち着きを取り戻し作業再開。
斜めに掘られた巣坑の奥まで完全に姿を消しました。

♀H白があれほど長時間かけて突き固めたにも関わらず、遂に土壁も破られたようです。
育房に貯食された青虫を♀P水が大顎で外に引きずり出しました。@11:40
ぐったりと動かない獲物を巣口から半分出した所で、何か白い物を咥えて捨てに行きました。@11:51
青虫の体表にジガバチ♀H白が産みつけた卵でしょうか。
(食卵する場合もあるようですが、この♀P水は空から捨てたようです。)
戻ってきた♀P水が青虫を完全に巣口から出して大顎で軽く噛みました。
狩られた際に毒針で麻酔されている獲物は噛まれても反応しません。
この噛みほぐしは寄主のジガバチ♀H白が産みつけた卵を食卵しているのかもしれません。
野次馬のアリが近づくと、獲物を横取りされないよう追い払います。
盗っ人猛々しいとはこのことですね。

営巣地は緩い斜面になっているため、獲物を点検中に何かのはずみで転がり落ちてしまいました。
斜面の下まで追いかけた♀P水が腹部を曲げて青虫に毒針を刺し、再麻酔したようです。
毒針で刺された青虫は微かに動いています。
葉っぱの陰に隠れてしまったせいで、一番興味深い肝心の行動がよく見えずもどかしい限りです。

後で思うと、ファーブルがやったように獲物の横取り実験を行えば良かったですね。
ジガバチの労働寄生を目の当たりにして興奮のあまり、とてもそんな余裕はありませんでした。

もしこの段階から観察を始めたとしたら、営巣を始めたジガバチ♀がたまたま他人の巣を掘り当てたと思うかもしれません。

しかし順を追って説明した通り、♀P水による盗み寄生(労働寄生)は完全に確信犯です。

個体標識のため一時捕獲したり炭酸ガスで麻酔したことはジガバチ♀P水の労働寄生行動や能力に悪影響を及ぼさないことが分かりました。
酸欠の副作用で記憶喪失になるかも?と内心懸念していたのですが杞憂でした。

強烈に嫌な経験として記憶され寄主の巣穴に近づかなくなる、ということもありませんでした。


辛うじて背面が写っている。



貯食されていた獲物の正体

今回は動画撮影を優先したので、高画質の写真はありません。
上に掲載した静止画は動画から切り出したものです。
素人目には緑色型のヨトウムシ(ヨトウガの幼虫)の一種かと思いました。
念のためにいつもお世話になっている「不明幼虫の問い合わせのための画像掲示板」で質問してみると、ヤガ科のヨトウムシではなくシャチホコガ科の幼虫であると根無草さん、YAMKENさん、atozさんよりご教示頂きました。
(ヨトウガの類は首のくびれが無いらしい。)
候補としてはオオエグリシャチホコ幼虫、または気門線に赤い色が出るトビモンシャチホコの幼虫あたりが怪しいそうです。


【追記】トビモンorコトビモンシャチホコorノヒラトビモンシャチホコ のいずれかだろう、とのこと。以下はatozさんのコメントです。


3種の違いについて、講談社の日本産蛾類生態図鑑(1987)と学研の日本産蛾類標準図鑑(2011)で調べてみると、学研では気門線が赤いと書かれているのはトビモンシャチホコだけでコトビモンやノヒラトビモンは黄白色とありますが、講談社の蛾類生態図鑑の写真を見るとコトビモンの幼虫も気門線が赤く見えます。
また、講談社にはコトビモンの幼虫はトビモンと酷似するが、体色はトビモンより黄色味が強いと記述されています。
ノヒラトビモンの幼虫はsoraさんが投稿されていますが、気門線が黄色で、気門は黒く周りにはっきりした白い縁取りがあります。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/taygeta/img/28970.jpg
またノヒラトビモンは出現時期が早いことから、除外できると思います。
写真を見比べていて、背中が黄緑色で気門周りの赤色も少なめなのでコトビモンシャチホコのような気がしてきました。
図鑑のトビモンシャチホコ画像は気門線がもっと赤く、体色は青緑色と書いてあります。
個体差もあるのでしょうが、絵合わせではコトビモンが一番近いと感じました。
コトビモンシャチホコ

カリバチに狩られた芋虫は毒針手術で麻痺させられているため、拉致被害者を監禁場所(育房)から救出して飼っても蛾の成虫まで育つことがありません。
従ってどうしても幼虫の段階で同定する必要があり、素人にはなかなか難しいものがあります。
こういうときこそDNAバーコーディングの出番でしょう。
もっと普及して、一般人でも試料を手軽に(安価に)調べてもらえるようになれば同定も捗るのになーと夢想します。

一方、獲物がシャチホコガ科の幼虫と判明したので、寄主ジガバチ♀H白の正体はそれらを専門に狩るミカドジガバチである可能性が出てきました。
しかし今回観察した営巣地が林縁の地面であることから、やはりヤマジガバチまたはサトジガバチだと思います。


後日、同じフィールドで捕獲した♀♂はヤマジガバチと写真鑑定して頂きました。
 ミカドジガバチの営巣習性は未見ですが、ジガバチの仲間では珍しく借坑性らしい。
「通常の営巣場所が樹幹の空洞であることでも地中営巣性のサトジガバチおよびヤマジガバチとは異なる」とのこと。(「レッドデータブックとちぎ」より)

サトジガバチが狩る獲物にはシャチホコガ科も含まれ、他の個体が用意した育房を暴き、労働寄生する個体の存在が確認されているらしい。



宿主の作業や努力に寄生するようなやり方を労働寄生という。また、あるものが捕らえた餌を奪う、あるいは盗むものを特に盗み寄生という。(wikipediaより)

つづく


エゾイトトンボ♂♀尾繋がり後の交尾失敗



2012年7月上旬

沼岸の木の葉にエゾイトトンボの♂♀ペアが止まり、ハート型の体位で交尾しようとしています。
ところが、何度やってもなぜか交尾器がしっかり連結できないでいます。

交尾経験の浅い未熟な個体なのだろうか?
♀が交尾を拒否しているようには見えません。
近縁でも別種なのだろうか?(生殖隔離)
同定のためペアを捕獲しようと思ったら、お邪魔虫(同種のあぶれ♂)の邪魔が入り、全員飛び去りました。



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