2010/12/12

オオハキリバチ♀の一時捕獲と麻酔




2010年8月下旬

杉林に囲まれた小さな祠で土台部分の朽ちかけた木材に穴が開いており※、大きな蜂が出入りしていました。
やがて巣穴から蜂がなぜか転がり落ちるように勢いよく飛び出して来ました。
地面ですぐに立ち直り飛び去りました。
腹面のスコパに黄色の花粉が付着したので、営巣地の物色ではなく実際に貯食していると判明。
この材で樹上性のムネアカオオアリが数匹活動しており、オオハキリバチMegachile sculpturalis )の営巣地としてはあまり良い環境ではないかもしれません。
きっと先程も中で蟻と格闘して退散したのでしょう。


しばらく待つと花粉を持った蜂が帰巣しました。
中で作業している間に透明プラスチック容器を巣穴に横向きに被せ、出巣する蜂を捕獲。
現場ですぐ炭酸ガス麻酔にかけ、身体検査してみました。





体長27mmのオオハキリバチ♀でした。
鋭く頑丈な大顎が印象的です。
巣材の樹脂を細工するために使うのか、舌?の横幅が広くヘラ状になっている気がします。
腹部第2節の側面に白い毛束が見えます。
麻酔が浅く、腹面のスコパをじっくり観察する前に目覚めてしまいました。
念入りに身繕いしてから飛んで逃げました。
その後はしばらく待っても巣に近寄らなくなってしまいました。
気温27℃。


※北西の角で穴の高さは地上7cm。

タニウツギ葉裏に営巣したキボシアシナガバチ(刺傷例)





2010年8月下旬

おそろしく急な山道を薮漕ぎしながら下っていたら突然顎に激痛が走りました。
アシナガバチと出会い頭に刺されたようです※。
斜面で道を塞ぐように生い茂っているタニウツギの葉裏にキボシアシナガバチPolistes nipponensis)が営巣していました。
バサバサと藪を掻き分け強引に進んでいたら知らずに巣を激しく揺らしてしまったようで、怒った蜂に攻撃されたらしい。
これは全く予測不能で避けようがありません。
まるでジャングル・ゲリラ戦のブービートラップのようです。


落ち着いてから観察すると、本種に特有の黄色い繭キャップが目にも鮮やかです。
巣盤の育房数は40室。
羽化済みの育房が6室、老熟幼虫が1匹居ました。
在巣の♀は3匹しかおらず、♂は未だ羽化していない様子。
警戒姿勢を保ち、少しでも巣を揺らすと襲撃しそうな素振りをみせるので危険です。
巣を刺激しないように少し道を反れて進むことにしました。
暑いですけど虫除けの白メッシュを頭から被り、両手もゴム手袋でガードしてからそっと退散しました。


 ※手鏡で確認すると顎からほんの少し出血しています。
直ちに応急処置しました。
患部を水で洗い流し、抗ヒスタミン錠剤を服用し、軟膏(副腎皮質ホルモン+抗生物質配合)を患部に塗りました。
幸い今回はあまり腫れずに済みました。





 ≪追記≫
2ヶ月後、コロニーが解散した頃を見計らい巣を採集しに再訪しました。
しかし残念ながらタニウツギは既に葉を落としており、キボシアシナガバチの巣を見つけられませんでした。
人がほとんど通らない廃れた登山コースですが、もしかしたら同じような刺傷被害が出て誰かに駆除されたのかもしれません。

キアシナガバチの巣に寄生したマダラトガリホソガの仲間の幼虫が糸を張り巡らせる





2010年9月下旬

今季定点観察してきたキアシナガバチPolistes rothneyi)の巣S9を採集しました。
育房数は66室まで大きくなったものの、巣全体が虫食い状態で不規則な糸や細かい糞で覆われてしまいました。
一見するとカビが生えたような汚らしい印象。
寄生蛾の幼虫に巣を乗っ取られたようです。
キアシナガバチの成虫一家はこの巣を放棄しました※。

寄生蛾幼虫は光を嫌うのかすぐに巣に戻り隠れてしまうので、飼育下でも撮影に苦労しました。
ようやく寄主の巣を徘徊したり、口から糸を吐いたりする様子を観察することが出来ました。
少なくとも二匹の幼虫が潜んでいるようです。
頭を左右に振って探索しつつ蠕動で前進します。
一匹の幼虫が育房の底(巣の上面)の虫食い穴から顔を出しました。
口から糸を吐いて巣に張り巡らしています。
腹脚で体を固定し、上半身は自由に動かします。
基質に口を付けて糸を固定すると、ぐいーっと体を反らして糸を伸ばす、の繰返し運動。
結果として、ループ状に縮れた糸が不規則に追加されていきます。
自ら荒らした虫食い穴を糸で綴って閉じようとしているのだろうか。
しかし虫食い穴を塞ぎ終わる前に移動を始め、なんとも中途半端な作業ぶりです。
巣の外側をしばらく徘徊すると、別の虫食い穴から中に戻りました。
この吐糸行動はどうも営繭とは違う気がします。
移動のための足場糸なのだろうか。
不規則網で隠れ家を作っているのだろうか。


寄主の巣を実際に食い荒らす様子は残念ながら見れませんでした。
乾いた紙製の巣にどれだけの栄養価があるのだろう。
育房内で蜂の子(幼虫や蛹)を捕食したり、キアシナガバチ幼虫が蛹化前に排泄した糞を食べたりしているのでしょう。

肉食のアシナガバチが居る巣に蛾が産卵し、巣を食い荒らして育つ幼虫が捕食されないのは実に不思議です。
蜂に発見されれば蛾の幼虫は絶好の獲物となり、直ちに肉団子に加工され蜂の子に給餌されるはずです。
寄生蛾の幼虫はおそらく体表成分を化学的に擬態することで寄主に見つからないようにしているという可能性が考えられます。
まさに「虎穴に入らずんば虎児を得ず」を地で行く驚異的な寄生戦略です。
キアシナガバチの巣盤の表面にはタール状のアリ避け物質が黒光りするほど塗布されています。
しかし寄生蛾およびその幼虫には全く忌避効果が無いようで、まさに虫食い状態。
飼育容器の底には寄生蛾幼虫の排泄した細かい糞が大量に散乱しています。

※ このキアシナガバチの巣S9は、標識した一匹の創設女王が軒下で二巣並行営巣していたうちの一つです。
寄生蛾に乗っ取られたコロニーは隣の巣S10に移ってシーズン最後まで活動を全うしました。
二巣並行営巣の観察記録は追々報告します。






寄生蛾の幼虫は3対の胸脚の他に腹脚も見えます。
体表には白っぽい直毛が疎らに生えています。



容器に巣を密閉して室内飼育したところ、2ヶ月後の11月下旬にミクロ蛾の成虫が一頭だけ羽化しました。


(成虫の動画を含む記事はこちら → 「キアシナガバチ巣に寄生したマダラトガリホソガ(蛾)の仲間の羽化」


カザリバガ科マダラトガリホソガの一種のようです。




実は昨年も同じ場所に作られたキアシナガバチの古巣を採集したところ、この寄生蛾の仲間が36頭も羽化しました。
虫我像掲示板にて問い合わせたところ、マダラトガリホソガに近縁な未同定種(Anatrachyntis sp.)だろうとご教示頂きました。
寄生率の高さをうかがわせます。
今回得られた蛾と同種なのだろうか?
専門的な蛾のデータベースによると、
「外観では識別困難な近縁種がいるので, 同定は交尾器の特徴によるのが肝要.」
とのこと。






≪追記≫

寄生蛾に産卵を許すと、もはやキアシナガバチは為す術が無いように思います。
寄生や天敵への対抗措置として創設女王の一部は二巣並行営巣を始め、リスクを分散しているのかな、というのが私の描いているシナリオです。

毎年キアシナガバチが営巣している軒下で二巣並行営巣を観察したのは一昨年に続いて二例目になります。
(創設女王と一部のワーカーにマーキングを施して個体識別することで確認しました)

隣に作られた巣S10(最終育房数49室)はコロニー解散まできれいなままで、巣を採集した後も寄生蛾は(今のところ)羽化して来ません。


今季はキアシナガバチの他に、コアシナガバチ、ムモンホソアシナガバチの巣をコロニー解散後に採集しました。
寄生蛾の攻撃を受けていた巣はこの一例だけです。
コアシナガバチの古巣からも同種と思われる寄生蛾が羽化してきました。(関連記事はこちら。)


≪追記2≫
セグロアシナガバチの巣に寄生するウスムラサキシマメイガに関するPDF文献によると、
加藤展朗, et al. "セグロアシナガバチの巣に寄生するウスムラサキシマメイガの生活環." 日本応用動物昆虫学会誌 51.2 (2007): 115-120.
「トガリホソガ類は巣材やハチの幼虫の糞塊を食すと考えられているが、実験的には確かめられていない」
とのこと。


≪追記3≫
『日本の昆虫3:フタモンアシナガバチ』 文一総合出版 p127 (第9章:巣をおびやかすもの) より引用
このガ(カザリバガ科Anatrachyntis属の一種)が被害を与え始めるのは6月初旬頃(最初のハタラキバチの羽化する頃)で、一度侵入されると10月の解散時までずっと食害が続く。幼虫は通常育室の底に潜んで、主としてハチが蛹化する時排出したメコニウム(糞塊)や室壁を食うが、しだいに生きた蛹や幼虫まで食害するようになる。本種におかされた巣は、8月を過ぎると幼虫の吐く糸で育室内が白く蜘蛛の巣状になり、外から一見してわかるようになる。本種の食害は部分的で、コロニーがつぶれてしまうことはほとんどない。

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