2016/01/03

アカオニグモ♀(蜘蛛)未完の網で音叉実験【暗視映像】



2015年9月中旬・午前04:54〜04:56

アカオニグモ♀の定点観察#17


垂直円網を作りかけ(失敗作)のままアカオニグモ♀a(Araneus pinguis)は隠れ家に篭ってしまいました。
この網を失敗作と呼んでよいのか分かりませんが、横糸の張り方が少し下手糞で中央部付近に横糸を欠くだけで、獲物が全く捕れなくなるほどではありません。
横糸が張られた網の外縁部に虫がかかればちゃんと捕食できるでしょう。

クモを隠れ家から誘き出せるかどうか、音叉を使ってみました。
鳴らした音叉を円網に付けた途端に、クモが信号糸を伝って隠れ家から甑まで駆けつけました。
獲物を捕食する気満々ということは、クモが満腹なせいで網を完成させるモチベーションが低いのではないか?という可能性はなくなりました。
(網の振動への反応は空腹状態とは無関係な反射的な行動だったりして…? 要確認)
しかしクモは音叉の位置まで辿り着きませんでした。
音叉の振動が早く減衰して鳴り止んでしまったから、クモは網上の位置を突き止められなかったのでしょうか?
手で音叉を揺らしてもクモは騙されません。
仕方がないので音叉を網から引き剥がします。
造網中に小雨がほんの少し降ったのですが、横糸の粘着性は保たれています。
再び音叉を鳴らしたものの、網に付ける前にクモは隠れ家へ逃げ帰ってしまいました。
更に2回音叉を鳴らして同じ実験を繰り返すも、学習したクモは無反応で隠れ家から出て来ません。
狼少年の人騒がせな偽警報にはもう騙されないようです。

後日、同一個体のクモが正常な垂直円網を張り終えた直後の明るい朝にも音叉の実験を試しています。
音叉に対する反応は今回と同じで、隠れ家から甑までは釣り出せるものの、音叉に噛み付いたり捕帯でラッピングするまでは至りませんでした。

▼関連記事
音叉でアカオニグモ♀(蜘蛛)を騙せるか?

撮影直後(午前4:57)の気象条件は、気温16.3℃、湿度85%、照度0ルクスでした。
10分後の午前5:07には3ルクスまで照度が上がりました。
ちなみに日の出時刻は5:24。

つづく→#18:垂直円網の甑から隠れ家へ逃げるアカオニグモ♀b(蜘蛛)



オオセンチコガネの死骸に群がるクロオオアリ♀



2015年9月下旬

山間部の峠道でオオセンチコガネPhelotrupes auratus)と思われる死骸にクロオオアリCamponotus japonicus)のワーカー♀2匹が集まっていました。
一匹は死骸の横で身繕いしています。
別種の赤っぽい微小アリも死骸に来ていましたが、名前は分かりません。
2種のアリが遭遇しても、体格差があり過ぎて喧嘩になりません。

死骸は金赤色に輝く美しい糞虫なのに車に轢かれたようで(ロードキル)ぺしゃんこに潰れています。


アカオニグモ♀a(蜘蛛):垂直円網の失敗作?【暗視映像】



2015年9月中旬・深夜4:23〜4:41

アカオニグモ♀の定点観察#16


クモに限らず生き物の行動は得てして教科書通りにはいかず、特に野外ではアクシデントがあったり解釈に困るイレギュラーな行動をすることがよくあります。
枝葉末節かもしれませんが、混沌とした観察結果や謎をなんでも記録に残しておくのが大切だと思います。
定点観察の順番通りではありませんけど、日時を遡って報告します。


アカオニグモ
♀a(Araneus pinguis)が夜中に造網する一部始終を映像に記録できましたが、一発で撮影に成功したのではありません。
クモが毎晩網の張り替えを始める時刻を把握するのに苦労している頃まで話は遡ります。

深夜4:20頃に様子を見に行くと時既に遅く、クモは横糸を半分ぐらい張り終えたところでした。
赤外線の暗視カメラで撮影を始めた私の気配に警戒したのか、クモは作業を中断して(?)円網の中心部(甑)に戻ってしまいました。
こちらに背面を向けているので口元が分かりにくいのですけど、網の中央を食い破って甑の処理をしているようにも見えました。
その後、甑で下向きに占座しています。
他の種類の造網性クモならごく普通の待機姿勢ですけど、この個体♀aは普段非常に臆病で、必要に迫られなければ昼も夜も常に隠れ家に潜んで居ます。
網の甑にじっとして居るのを見たのは後にも先にもこの時だけでした。
この点でも、いつもと違う(らしくない)異常行動と言えるかもしれません。
やがて甑と隠れ家を数回往復し(1往復半?)、信号糸を張りました。
最後はタニウツギ葉裏の隠れ家に落ち着きました。




一連の行動を見る限り、少なくともクモ自身は円網が完成したと判断したようです。
しかし円網全体をよく観察すると、中央部の横糸がスカスカで、未完状態に見えます。
甑(hub)と捕獲域(capture region)の間にある反転用通路(free zone)がいつもより無駄に広い気がします。

こしきと捕獲域の間には横糸がなく、クモが鎮座する面を反転するための隙間(反転用通路)が空いている。(『クモを利用する策士、クモヒメバチ』p80より)


しかも、それまでに張られた横糸がきれいな等間隔ではなく、隣り合う横糸が所々で融合して捩れています。(‡追記参照)
特に網の右上部分が酷いです。
この程度の乱れは別によくあるミス(許容範囲)ですかね?

円網の出来不出来を見た目による主観ではなく定量的に評価する手法があれば知りたいです。
網の写真を送ればコンピュータが画像解析で計算してくれるWEBアプリなどがあれば理想的です。
どうやら今夜の垂直円網は失敗作のようです。
クモはいつも芸術作品のような洗練された円網を張るという先入観があり、失敗する日がある(猿も木から落ちる)とは知らず意外でした。

もしクモが何か身の危険を感じて横糸張りを中断しただけなら、甑にのんびり居残っていないで隠れ家へ一目散に逃げ込んだり、牽引糸を引きながら網から地面に緊急落下したり
するはずです。
しばらくして警戒を解けば造網を再開してくれるはずです。
しかし、夜が明けるまで待ってもクモは隠れ家に篭ったままでした。

この♀個体はおそらく成体なので、網の作り方が今更未熟であるとは考えにくいです。
何かの本で読んだ私の知識が確かなら、クモの造網は本能にプログラムされた行動であり、経験や学習によって上達するようなものではないはずです。

ひょっとして、亜成体と成体の網の違いですかね?(外雌器をしっかり見ていないのがネックです。)
クモ生理生態事典 2011』サイトでアカオニグモの項を参照すると、
幼体期は黄色で,成体になって数日してから赤色に変化する 腹部の色彩は幼体期から成体になった数日間までは黄色をしているが,その後赤色に変化する. 
今観察している個体♀aの腹背は未だ黄色っぽい状態です。

もしかするとこの日の♀クモは昼間にあまり獲物が捕れず飢餓状態で、体内で糸を作る原料(タンパク質)が欠乏したので網を完成できなかったのでしょうか?
それとも逆に、この日のクモはあまり空腹ではなくて、捕虫装置(罠)である円網をきれいに最後まで張るモチベーションが下がっていたのでしょうか?

このとき実は小雨がほんの少しぱらついていました。(雨はすぐに止みました。)
もし網が雨で濡れることによって横糸の粘着性が失われるとすれば、雨天時に造網を強行しても無駄になります。
クモは雨が降るのを予感して造網を中止したのかな?
午前4:38に測定した気象条件は、気温18.1℃、湿度75%、天気は曇りでした。
ちなみに日の出時刻は5:24、月齢6.8(観察中に月は出ていない)。
中断した造網を昼間になってから再開したかどうか、確認していません。

アカオニグモが網をはりかえるのは夜の間だといわれていたが、雨があがり日がさすと、昼間でもいっせいに網をはりかえる姿をぼくはたびたび見た。クモはけっこうゆうずうをきかせて行動している。(『まちぼうけの生態学:アカオニグモと草むらの虫たち』p35より)

大胆な仮説として、アカオニグモ♀が寄生蜂などに体内寄生されていて行動操作されているのか?(網操作)と妄想を逞しくしました。
しかし後日に同一個体が正常な垂直円網を張るのを見ていますから、これは却下しました。

別の可能性として、神経中毒症状(薬物摂取でトリップした状態)で造網したクモの有名な実験を連想しました。
たまたま昼間にアカオニグモ♀が何か毒虫を捕食したり蜂に毒針で刺されたり※した結果、毒が回って造網の足取りが乱れてしまい網の形が乱れ未完に終わったのかもしれません。


※ 2日前に、コガタスズメバチ♀がこのアカオニグモ♀の円網から獲物を強奪していました。
もし私が数時間前に現場入りしていれば、クモが千鳥足で横糸を張る異常行動を動画に撮れたでしょうか?

【参考】:コガタコガネグモに飼育下でカフェイン含有飲料を経口投与して造網への影響を調べた興味深い実験記事「クモを酔わせてどうするつもり」がDPZで公開されています。

このときはアカオニグモが造網する正常例(典型例)をしっかり観察する前に異常例に遭遇したので非常に戸惑い、解釈に尚更悩みました。


未完成の円網を大雑把に採寸すると、甑の高さは地上70cm、円網の直径は30cm。
隠れ家となっているタニウツギの葉先は地上からの高さ85cm。
枠糸の右端の固定点はヨモギの花穂の上端にあり、高さ70cm。
枠糸(水平よりも右下がり)の長さは55cm。
網に触れないよう注意しながらの測定なので、多少の誤差があると思います。

用水路に向かって斜面になっているので、地上からの高さも適当です。



驚いたことにしばらくすると、隠れ家から出てきたアカオニグモ♀が網を取り壊し始めました。

見ている私は益々混乱しました。
網を壊すのはあっという間で残念ながら動画撮影は間に合わず、辛うじて写真で記録しました。
やはり失敗作が気に入らず、作り直すのでしょうか?
しかし網全体を一気に破網するのではなく、下部を扇状に壊しただけで隠れ家に戻りました。
(反省点として、ビデオカメラと写真用カメラそれぞれに内蔵された時計を正確に時刻合わせしていなかったため、写真のタイムスタンプが当てにならず、事件の前後関係が思い出せなくなってしまいました。)



垂直円網を張るコガネグモ科で破網行動をこれまでちゃんと観察したのはオニグモ♀だけです。
このときも一気に破網するのではなく、少し時間を開けて垂直円網の下側→上側の順で取り壊していました。

▼関連記事
円網を下半分だけ取り壊すオニグモ♀【蜘蛛:暗視映像】
円網の上側を取り壊すオニグモ♀【蜘蛛:暗視映像】
観察した例数が未だ少な過ぎるので偶然かもしれませんが、コガネグモ科のクモが破網する作法(下部→上部)に共通性があるのかもしれません。
このアカオニグモ♀が昼間にもう一度網を作り直したかどうか、次の日の夜に持ち越したのかどうか、確認していません。


つづく→#17:アカオニグモ♀(蜘蛛)未完の網で音叉実験【暗視映像】



【追記】
『クモの科学最前線:進化から環境まで』p37を読んでいて、全く違う可能性があることを知りました。
野外で円網を見ていると、横糸が風に煽られて上下に振動している場合があることに気がつく。風が強いと振動が大きくなり、隣接する横糸どうしが絡まってしまい、二本が一本のようになってしまうことがある。こうなると、網は本来の性能を発揮できなくなる。そして、先述したように捕獲域下側の外縁部では隣接する横糸の間隔が狭く、そのままであれば横糸の絡みが生じやすくなる。しかし、縦糸を小さな角度で配置すれば、それだけ横糸が振動する際の振れ幅を小さく抑えることができ、互いに絡みにくくなるだろう。
ただし、撮影した夜が特に風が強かった記憶はありません。


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