2014/07/22

「ヒメクモバチの泥巣は雨に弱い」は本当か?

2014年6月中旬

ヒメクモバチの飼育記録6

梅雨空で虫撮りに出かけられないので、昨年からの懸案だった実験をやってみることにします。
ヒメクモバチ(旧名ヒメベッコウ;Auplopus carbonarius)は葉の裏面や石の窪み、コンクリートの庇(オーバーハング)の下など雨が直接かからない場所に泥で巣を作ります。

ファーブルはフランス産のヒメベッコウが泥で作った壺(=育房)の耐水性について調べ、考察しています。
『ファーブル写真昆虫記2:つぼをつくるかりうど:トックリバチ・キゴシジガバチほか』によると、

・キゴシジガバチの巣の部屋の中に、一滴の水を垂らしてみると、水はすぐに壁の中に吸い込まれてしまいます。しかし、ヒメベッコウバチの部屋では、水は、中にたまったまま、滲みこむことはありません。
ヒメベッコウバチの巣の、内側の壁を作る材料の土の中には、何かが混ざっているのです。それは、ヒメベッコウバチの唾に違いありません。
・(ヒメベッコウの)壺を水の中に浸してみると、外側の壁はどろどろに崩れてしまいます。でも、内側の壁の薄い部分だけは、溶けずに最後まで残ります。(p36より)
・トックリバチの巣は雨に濡れても崩れないのに、ヒメベッコウバチの巣には、水を防ぐ力はありません。トックリバチの巣が水に強いのは、獲物の体液のためだろうと考えられます。ヒメベッコウバチが吐き出す水には、そのような体液が含まれていないのでしょう。(中略)また、ヒメベッコウバチの巣の内壁が水に強いのは、はっきりとはしませんが、ハチが内壁の表面を丁寧にならしたためではないかと考えられます。(解説編p47より)



ファーブルに習って、ヒメクモバチが作った泥巣の耐水性を実際に調べてみましょう。
実験の材料に使う泥巣について、これまでの経緯を復習します。
2013年6月中旬にタニウツギの葉裏でヒメクモバチ(旧名ヒメベッコウ;Auplopus carbonarius)の泥巣を見つけ、営巣行動を観察しました。
6月下旬に泥巣を採集し、羽化した成虫が泥巣から脱出する直前に水を吐いて土壁を軟化する瞬間を観察しました。
全ての成虫が羽化した後の古巣を大切に保管していました。



この充分に乾燥した泥巣にシャワーの水を浴びせかけてみました。
梅雨時の集中豪雨を再現したつもりです。
水の勢いで育房の一部はすぐに崩れ溶けたものの、意外に長持ちしています。
6分間シャワーをかけ続けても「完全に溶けて無くなる」ことはありませんでした。
巣の残骸を指で潰し、改めて泥を丁寧に洗い流すと繭の薄皮のみが残りました。

蜂が羽化した後なので、各繭の袋には穴が開いています。
「泥巣を水に静かに浸す」だけでは溶けるまでにもっと長時間かかったことでしょう。
古い泥巣は羽化孔で穴だらけのため、育房内壁の耐水性は調べられませんでした。
(壁を少し壊してから実験すればよかったかも。)

ファーブルの実験をそのまま再現した訳ではありませんが、原始的な実験ながら試しに自分でやってみるとファーブルとは違う見解に至りました。
温故知新。
確かに泥巣を水で溶かすことができました。
しかし、葉裏に流れてくる雨水の量ならば濡れても持ちこたえられそうです。
ヒメクモバチの泥巣内壁の耐水性は母蜂が唾を混ぜて強化したのではなく、蜂の幼虫が絹糸で紡いだ薄い繭によるものだと私は思います。
(ファーブルともあろう人が果たしてこんな単純な見落としをするのか疑問ですが。)

幼虫が育房内で営繭する前後で泥巣の耐水性に差があるかどうか、更に実験すれば決着がつくでしょう。
ファーブルがどの営巣段階の泥巣を用いて実験したのか(記述が不十分で)よく分かりませんでした。

実はファーブルはヒメクモバチの巣材集め行動を観察していないようで、キゴシジガバチの泥巣を用いた実験観察からヒメクモバチについて推測しているだけみたいです。
私が過去に直接観察したところによると、ヒメクモバチ♀は古い泥巣の巣材を再利用したり湿った土を新たに採ってきたりします。
ヒメクモバチ♀が採土の前に葉に溜まった朝露の水滴を飲む行動も私は観察しました。
逆に私はキゴシジガバチを一度も見たことがありません。
(当地には生息してないのかな?)


再乾燥後
乾燥後の状態を拡大

ベニシジミ春型の求愛と交尾拒否【ハイスピード動画】



2014年5月下旬

田んぼの畦道に咲いたハルジオン?で春型のベニシジミLycaena phlaeas daimio)が求愛する様子を240-fpsのハイスピード動画で撮影してみました。
画面下にいる♂が腹端を曲げて♀の背後から交尾器を連結しようと迫ります。
嫌がる♀は翅を閉じたまま軽く羽ばたき、背後を取られまいと蕾の裏に回り込みました。(交尾拒否の意思表示?)
痺れを切らした♂が飛び立ち、♀のすぐ背後でホバリング(停空飛翔)。
遂に♀は花から落ちるように飛んで逃げ、♂は慌てて♀を追いかけます。

ベニシジミの♀は羽化後に一度しか交尾しないのか、それとも交尾相手の♂を選り好みするのでしょうか?
次回は婚活が実って交尾に至る過程を観察してみたいものです。



【追記】
『チョウのはなしII』p158によると、
交尾成立例よりも交尾不成立例の方が記録が豊富です。(中略)ベニシジミでは、はばたきつつ歩く型と急速な飛び立ち型とがあります。



【追記2】
ベニシジミの交尾拒否行動については、既に研究されていました。
Ide, Jun‐Ya. "Avoiding Male Harassment: Wing‐Closing Reactions to Flying Individuals by Female Small Copper Butterflies." Ethology 117.7 (2011): 630-637.
この研究結果の日本語概要は、久留米工業大学の井出研究室のホームページから引用させてもらいます。
 蝶のベニシジミ(Lycaena phlaeas daimio)のメスを観察したところ、オスが近くを通りかかると翅を閉じました。また、メスが翅を閉じると、翅を開きっぱなしの場合よりもオスから求愛されることが減りました。以上の結果は、ベニシジミのメスの翅を閉じる行動にはオスの求愛を回避する機能があることを示しています。
 この翅を閉じる行動は、主に既に一度交尾したメスで観察され、一度も交尾したことのないメスでは見られませんでした。ベニシジミのメスは、通常は生涯に一度しか交尾をしません。今後交尾をしないメスが行なうことから、この行動は間接的な配偶者選択(求愛行動の能力が高い雄を選ぶ)ではなくオスのしつこい求愛(ハラスメント)を回避するための行動と考えられます(Ide 2011)。

今回の生態動画について、交尾拒否という私の解釈は間違いではなかったと分かり、とりあえず安心しました。


2014/07/21

ウツギの蕾に産卵するトラフシジミ春型♀



2014年6月中旬

春型のトラフシジミRapala arata)が平地でウツギを訪花しています。
ところが口吻を伸ばしていないので、花蜜が目的ではないようです。
花というよりも蕾のついた枝から枝へ歩いて移動しています。
ときどき翅を擦り合わせ、尾状突起を触角のように動かします。

蕾の付いた枝先にときどき腹端を擦り付け、産卵管を伸ばしていました。
撮影後に調べてみても、なぜか卵は見つけられませんでした。(私が経験不足なだけ?)
♀が本当に卵を産みつけたかどうか不明です。
産卵に適した場所を腹端で探る行動なのかもしれません。
蕾の近くだけでなく、ウツギの葉表でも腹端を擦り付けていました。

帰ってから幼虫図鑑サイトで調べてみると、トラフシジミ幼虫の食草としてウツギもリストアップされていました。
卵は青色らしい。


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