2023年7月中旬・午前11:00頃・くもり
この組み合わせは初見です。
そもそも私は、ネジバナの送粉者をこれまで実際に観察したことがありませんでした。
関連記事(3年前の撮影)▶ クロマルハナバチ♀はネジバナの花で採餌するか?
TV番組を見ていたら(中略)、ネジバナの送粉生態学を分かりやすく紹介していました。 興味深く拝見していると、ニホンミツバチやコハナバチなど体長約1cmの小さなハチがやってくるのだそうです。クマバチは大型のハナバチなので、今回の観察結果は明らかに反例となります。
小さな花が並んで咲いている茎を下から上に登りながら螺旋状の花序を順に訪れ、丹念に吸蜜していました。
登りながらときどき羽ばたいているのは、体のバランスを保つためでしょう。
ネジバナ花序の天辺に来ると次の花序の下部まで飛んで移動し、また螺旋状に登りながら採餌を続けます。
後脚の花粉籠は空荷でした。
ネジバナ螺旋花序での採餌行動を回転集粉と呼ぶのは間違っているでしょうか?(用語の誤用?)
ネジバナの花でクマバチ♀が採餌する様子を240-fpsのハイスピード動画でも撮ってみました。(@1:50〜)
花から飛び立った後のホバリング(停空飛翔)もスーパースローにすると見応えがあります。
【参考サイト】 ネジバナの花の構造と花粉塊の様子
ネジバナはラン科なので、それぞれの花には花粉塊があるはずです。
しかし、訪花を繰り返すクマバチ♀の体毛に花粉塊は付着していませんでした。
(花から飛び去る際に、縮めた口吻の先に黄色い花粉が付着していた?)
後脚の花粉籠も空荷だったので、もう花粉が取り尽くされた後の花で吸蜜に専念していたのかもしれません。
細長いネジバナの花序にAFのピントを素早く合わせるのは結構大変なので、クマバチが次から次に別の花序を訪れるシーンを連続で動画に記録することはできませんでした。
(毎回、蜂が来ている花序にピントを合わせてから撮影を始めます。)
しばらく観察していると、クマバチ♀がときどき螺旋状のネジバナ花序を下に少し降りては上に登り直すというギクシャクした動きをすることに気づきました。
ネジバナ花序の螺旋の向きは右回りと左回りが群落内でほぼ半々あるらしく、たまに全く捻じれていない花序もあるそうです。
(私は捻れのない花序を未だ見つけたことがありません。)
それまでずっと右回りの螺旋で採餌していたクマバチ♀が急に左回りの螺旋花序に来ると、戸惑って下降してしまうのでしょうか?(逆もしかり)
それでもじきに新しい回転の向きに順応して、上に登りながら採餌するようになります。
クマバチはネジバナの群落内で捻れの反転にいまいち臨機応変に対応できないのかもしれません。
…という「もっともらしい仮説」を思いついて有頂天になりかけたのですけど、よくよく考え直すと、説明になっていません。
たとえネジバナの螺旋花序を下降したところで、蜂にとって螺旋の向きは変わりませんね。
(左回りの螺旋を下降しても、通い慣れた右回りの螺旋にはならない。)
素人考えでは、螺旋の向きを統一したほうが送粉者への負担が少ない(授粉効率が上がる)はずです。
なぜネジバナの花はそのように進化しなかったのでしょうか?
例えば、右巻きのネジバナと左巻きのネジバナが今まさに別種に種分化する途中だとしたら、面白いですね。
特定の向きの螺旋花序に対応したスペシャリストの送粉者もそれぞれが共進化で種分化することになりそうです。
せっかくスムーズに採餌していた送粉者を戸惑わせて負荷(ストレス)をかけたり授粉作業を遅らせたりしているのは、ネジバナの繁殖戦略上、何か秘密がありそうな気がします。
他家受粉の効率を上げるために、ハナバチには少し採餌したら別な群落に飛び去って欲しいのかもしれません。
いくら考えても、私にはエレガントでしっくりくる説明が思いつきません。
それとも単に、一度素通りした花に蜜が残っていることに気づいたクマバチ♀が花序を下降して戻っただけなのでしょうか?
ネジバナ花序の螺旋の向きが本当にランダム(右巻き:左巻き=1:1)なのか、現場で確かめるべきでしたね。
1本ずつ花序にテープなど目印を付けながら螺旋の向きを調べないと、重複や漏れがありそうです。
下に掲載した写真では、左巻きの花序は少数でした。
個人的にクマバチもネジバナも好きなので、この夏一番エキサイティングな虫撮りになりました。
【参考文献】
ネット検索してみると、先行研究がありました。
ネジバナ花序の捻れの向きではなく捻れの強弱に注目した研究で、送粉者としてはハキリバチの採餌行動を観察しています。
Iwata T, Nagasaki O, Ishii HS, Ushimaru A. Inflorescence architecture affects pollinator behaviour and mating success in Spiranthes sinensis (Orchidaceae). The New phytologist. 2012;193:196-203. (検索すると、全文PDFが無料でダウンロードできます。)
この研究の概要が石井博『花と昆虫のしたたかで素敵な関係:受粉にまつわる生態学 』という本に書かれていました。
(花序の捻じれ具合が異なるネジバナ群落の中で:しぐま註)捻じれ具合の弱い花序ほど多くの送粉者(ハナバチ)が訪れる一方で、そのような花序ほど、ハナバチ各個体による花序内での連続訪花数が増加していることがわかりました。ハナバチの仲間には、花序を下から上に向かって訪花していく傾向があります。捻じれが強い花序を訪れたハナバチは、いくつかの花をスキップして上の花に到達し、そのまま他の花序へ飛び立ってしまうようです。そして、捻じれが強い花序は、花がばらばらの方向を向いているために、送粉者から、やや目立ちにくくなっているようです。つまり、捻れが弱いほうが多くの送粉者を集めることができますが、捻れが強いほうが隣花受粉は減らせるようなのです。 (p212〜213より引用)
この結論が正しければ、ネジバナの花は捻れが無くなる方向に進化していくことになりそうです。
しかし、全く捻じれていない花序が少数派であることを説明できていません。
この論文の結果を念頭に置いてネジバナ送粉者の採餌行動を私なりにもっと観察してみたいのですけど、昆虫の数が激減している昨今では、観察効率が悪くて仕方がありません。
ネジバナの花が咲き乱れる群落でしばらく待っても、クマバチ以外の訪花昆虫を全く見かけませんでした。
ネジバナの美しい螺旋花序はとても魅力的なテーマなので、螺旋の形態形成(花の発生学)などをもう少し自分で深く勉強したくなります。
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【追記】
高校生による独創的な研究を見つけました。
野外でのネジバナの揺れ方の違いから「花の配置が気流に影響する」と考え、「風洞実験装置」いう装置を用いて、煙を使い気流を観察した。
私もこのぐらい柔らかな発想と行動力で調べたいものです。
【追記2】
矢追義人『ミクロの自然探検: 身近な植物に探る驚異のデザイン』という植物観察の本を読むと、第8章は「ピンクのお下げ髪」と題してネジバナの授粉を謎解きしていました。
ネジバナの花粉塊を運ぶ送粉者として、ハキリバチとミツバチの写真が掲載されています。
ランの花がハチに比べて大きければ花粉塊はハチのおデコにつくことになる。これを「ハチのかんざし」と呼ぶ地方もあるそうだが、野生ランで実際にそういう情景を目にすることはむずかしいだろう。ネジバナは小さいので花粉塊はもっぱら口の部分につくことが多い。ベニシジミなどの小型のチョウが訪れているのもよく見かける。(p78より引用)
試しに、鉢植えにしておいたネジバナを昆虫が来ない室内で開花させるとまったく結実しないことがわかった。したがって、同花受粉で結実するのではなく、やはり昆虫による媒介が必要である。(中略)ネジバナの花粉塊は薄い袋に入ったゆるいかたまりにすぎず、昆虫によって雌しべの柱頭に運ばれると、そこでいとも簡単にばらばらにほぐれてしまうのである。ほぐれた花粉の一部は再び昆虫が訪れたときに体につき、別の花へと運ばれているらしい。昆虫は必ず花に口を差し込むから、これは花粉塊を持ち出すよりはるかに確率が高い。そして、花粉塊そのものが運び込まれなくても、多くの花の柱頭に花粉がついているのが見つかる。 (p79〜80より引用)
これで目の付け所が分かったので、私も自分でじっくり送粉行動を観察してみたいものです。
とりあえず、ネジバナの花粉塊を実際に見てみないといけません。
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