2024年4月下旬・午後16:20頃・くもり
平地の溜池の方から、激しい水音が聞こえました。
水鳥が夕方に水浴しているのかと思ってそっと近づいてみると、3羽のカルガモ(Anas zonorhyncha)が水面で激しい喧嘩を繰り広げていました。
普段カルガモは警戒心が強いのですが、今回は痴話喧嘩に夢中で、池畔で観察する私のことなど眼中にありませんでした。
外見によるカルガモの性別判定は難しくて、私はまだスローモーションにしないと自信がないのですが、どうやら1羽の♀を巡って2羽の♂が交尾しようと争っているようです。
【参考サイト】
正確には、♀♂ペアの間にあぶれ♂が割り込んで、強引に♀と婚外強制交尾を試みているようです。
つがい外交尾:extra-pair copulation強制交尾:forced copulation
つまり、♀aと強引に交尾しようとする♂bと、それを阻止しようとする(配偶者ガード)♂aとが激しく争っているのです。
♀♂異性間の交尾行動の後半部分と、♂♂同性間の闘争行動とが似ていて紛らわしいです。
ただし、カルガモの♀♂ペアが両性同意のもとで交尾する前には、必ず儀式的な行動をします。
今回のあぶれ♂は、そのような求愛ディスプレイをまったくしないで、いきなり♀に背後からマウントしていました。
関連記事(5、6年前の撮影)▶
八木力『冬鳥の行動記:Ethology of Wild Ducks』でカモ類の交尾行動を調べると、 交尾には♀との合意が必要なので、♂が♀に近づきながら頭部を上下させるヘッドトッシングを行なって交尾を促し、これに♀が同調して頭部を上下させれば同意の合図。 ♀は交尾受け入れの姿勢をとります。♂は♀の後頭部をくわえてマウンティング。 交尾終了後、♀は必ず(儀式的水浴びと)転移性羽ばたきを行ない、♂はまれに行なうことがあります。 (p58より引用)
カルガモ♂aは配偶者♀aを守りたくても、ライバルの独身♂bを撃退するのに苦労しています。
カルガモの嘴の先端は丸く、敵をつついて攻撃することはありません。
足にも鋭い爪が無くて水かきしかないので、有効な武器をもっていないのです。
羽ばたく翼で相手を打ち付けたり、(異性間交尾のように)背後からマウントして相手の後頭部を嘴で咥えて押さえつけて、強制交尾を妨害するぐらいしか対抗策がありません。
♀aに♂bが背後からマウントし、その上から更に♂aがのしかかるので、一番下に押さえつけられた♀aは重みで水没しています。
♀aが何度も溺れそうになっているので、擬人化するとどうしても可哀想に感じてしまいます。
しかしカルガモには表情がありませんから、♀aが本当に嫌がっているかどうか、定かではありません。
(♀は意外にケロッとしているようにも見えなくもありません。)
酷い目にあっているのなら、♂同士が喧嘩している間に♀は池からさっさと遠くに飛び去って逃げればいいのに、池に留まっているのが不思議でなりません。
交尾相手の♀を巡る争いなら♂同士でとことん喧嘩するはずだと思うのですが、あぶれ♂は執拗に♀だけを狙って挑みかかります。
もし♀が辟易して逃げ出せば、パートナー♂もついて行かざるを得なくなり、縄張りを失いかねません。
「カルガモ♀は♂同士を密かにけしかけて喧嘩で決着を付けてもらい、より強い♂と交尾したいのではないか?」と穿った見方をしたくなるます。
あるいは、♀はパートナー♂の近くに留まった方が、執拗なあぶれ♂のハラスメントから守ってもらえる確率が高いのでしょうか。
この池にはカルガモの群れがもっと居るのですが、この騒ぎに乱入する個体はおらず、関係のない個体は飛んで逃げ出しました。
初めは2組の♀♂ペアが池で縄張り争いをしているのかと思い、ライバル♂bのパートナー♀bが途中で助太刀に来るかと期待したのですが、そのような展開(4羽での喧嘩)にはなりませんでした。
喧嘩に巻き込まれそうになった周囲のカルガモ個体が慌てて逃げていくだけです。
ようやく、♀aに付きまとうあぶれ♂bをパートナー♂aが背後から完全に組み伏せて♀を離させ、追い払いました。
♂同士の喧嘩に決着が付いたように見えました。
しかし、「あぶれ♂b」は隙を見て再び♀aに突進すると、しつこく強制交尾を試みようとします。
ようやくあぶれ♂bを追い払って配偶者ガードに成功したパートナー♂aは、水面で小刻みに方向を変えながら♀aの周囲を警戒し、勝利の凱歌を上げています。
短く連続的な「ガッガッガッ♪という鳴き声は、縄張り宣言の示威行動なのだそうです。
このとき鳴くのはいつも♂aだけで、♀aは黙っています。
難を逃れた♀aは、♂aの斜め後ろをぴったり寄り添うように追随し、嘴を水面につけながら遊泳しています(緊張緩和の転移行動)。
やがて♀aは水浴してから水面で伸び上がって羽ばたき(水切り行動)、自分で羽繕いを始めました。
それに釣られるように、♂aも隣で同じく水浴と羽繕いを始めました。(♀a♂aペアの絆強化)
♀a♂aペアが仲良く横に並んで水面を泳ぎ去りました。
これで一見落着かと思いきや、♀a♂aペアの背後からしつこい「あぶれ♂b」が急いで追いかけてきました。(@4:10〜)
敵の接近に気づくと一触即発で、3羽がほぼ同時に水面から慌てて飛び上がりました。 (@26:20〜)
すぐに着水すると、三つ巴の大騒動が再び勃発します。
襲われた♀aは、緊急避難のため自発的に潜水しました。
しかし独身♂bに背後から捕まり、しばらく水没していました。
再び水面に浮上したときには、あぶれ♂bが♀aの背後からマウントしていました。
♀aを見失っていたパートナー♂aがようやく気づいて慌てて駆けつけ、救出を試みます。
喧嘩に決着がついて、あぶれ♂bが少し飛んで逃げました。
配偶者ガードに成功した♂が、興奮したように勝利の鳴き声♪を上げながら水面を忙しなく泳ぎ回ります。
パートナーの♀がすぐに駆けつけ、パートナー♂の斜め背後に寄り添うように遊泳します。
♂に付き従う♀は、尾羽を左右にフリフリしながら、嘴を水面に付けて遊泳しました(緊張緩和の転移行動)。
それが♀による求愛ポーズなのかと思ったのですが、♂aは♀aを見ていません。
♀aは水面で伸び上がって羽ばたき(水浴行動の省略)、パートナーの♂aに見せつけるように自分で羽繕いを始めました。
♂aはようやくパートナー♀aに向き合ったものの、まだ興奮が収まらず、小声で鳴き続けています。
一連の騒動を1/5倍速のスローモーションでリプレイ。(@5:20〜)
後頭部から首の後ろを通る黒い縦筋模様が♀では薄れかけていて、それが目印になります。
繁殖期の♀は背後から♂に繰り返しマウントされて、その度に後頭部や首筋を嘴で噛まれますから、黒い羽毛がどんどん抜けてしまうのでしょうか?
あぶれ♂bの後頭部を嘴で咥えた♂aが羽根をむしり取ることもありました。
この「黒いたてがみ」に注目すると、3羽の個体識別ができそうです。
少し離れた相手に急いで襲いかかるときは、左右の翼を水面に同時に打ち付けながら両足で交互に水を蹴って進みます。
※ 水飛沫の音や鳴き声が聞き取れるように、動画編集時に音声を正規化して音量を強制的に上げています。
【考察】
カルガモの繁殖期は通常4~7月です。
今回観察した4月下旬は、ペア形成が完了して巣作りおよび産卵を開始する前の時期に相当します。
カルガモの♂は育雛(子育て)には全く参加しませんが、造巣の段階では♀に協力し、抱卵中の♀を警護するらしい。
婚外強制交尾は巣作り前の時期(4〜5月)に頻発し、産卵開始後は激減するらしい。
カルガモ♀が巣作りを開始する直前になると、パートナーの♂は特に警戒行動を強め、配偶者ガードを強化するそうです。
カルガモは社会的単婚(一夫一婦制)を形成しますが、DNA検査で調べると婚外交尾も一定の割合で行われているらしい。
今回の調べ物で初めて知ったのですが、鳥類にしては珍しくカモ類の♂は螺旋型の長い陰茎をもつそうです。(参考サイトにすばらしい図解が掲載されています。)
短時間の交尾の際に、♀と前に交尾したライバル♂の精子を物理的に掻き出した上で自分の精子で置換するらしい。
また、強制交尾した♂が必ずしも次世代を残せるとは限らないそうです。
♀が複雑な形状の生殖器内で♂の精子を選別しているらしく、強制交尾した♂の精子は使われないことが多いそうです。
つまり、あぶれ♂の強制交尾がたとえ成功しても、元の♀♂ペアは別れずに済むらしい。
精子競争の観点でもカルガモの配偶行動は奥が深くて、とても面白いです。
水面で激しく動き回る3羽のカルガモをしっかり個体識別できていないので、本当に配偶者ガードに成功したのか、それとも「あぶれ♂」による婚外強制交尾が成功したり♀を強奪できたのか、判断できません。
しかし、池に残った♀♂ペアの行動から、独身♂による強制交尾は失敗に終わったと思われます。
交尾に成功したペアが必ずやる儀式的行動(♂が「首反らし→円形泳ぎ」をする間に、♀が羽ばたきで水をかける)が見られなかったからです。
参考サイト:カルガモ 交尾行動
また、あぶれ♂による強制交尾が成功していれば、パートナー♂がただちに対抗して♀と再交尾を行い、精子を置換するはずです。
カルガモは身近にいる普通種の水鳥ですが、造巣行動や抱卵などを私はまだ観察できていません。
今回の撮影で、繁殖期の重要なミッシング・リンクがようやく一つ埋まりました。
おかげで、動画に撮ったカルガモ3羽の行動をすっきりと(正しく?)解釈することができそうです。
Perplexityの助けがなければ、3羽のカルガモによる激しい乱闘はただ混沌としていて、素人には何がなんだかさっぱり理解できませんでした。
新たに勉強したことが多くて、AIに要約してもらおうか迷ったのですが、脳が退化しないように、なるべく自力で記事をまとめるように心がけました。
この記事が分かりにくかったら、私の責任です。
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