2022年12月下旬
閲覧注意! モザイク処理なしの解剖写真が続きます。
交通事故死(ロードキル)が疑われるホンドテン(Martes melampus melampus)の新鮮な死骸を家に持ち帰ったものの、師走は忙しくてすぐには解剖できませんでした。 腐敗しないように野外で雪の下に埋めておきました。
ようやく時間がとれた2日後に、剖検を始めました。
雪の下からテンの死骸を掘り出すと、凍結しておらず、程よく冷蔵保存されていたようです。
死後硬直は解けているのか、関節は柔らかいままでした。
床にビニールシートと古新聞紙を敷き、その上にアルミ製トレーを置いて作業します。
感染症予防のため、マスクとビニール手袋を装着しました。
当然ながらロードキル死骸には絶対に素手で触れないように注意します。
途中経過の写真を撮るのに毎回手袋を外すため、大量の使い捨て手袋が必要となります。
この機会に解剖キットをネット通販で注文しようかと思ったのですが、良いメスは高価ですし年末年始は届くまでに時間がかかります。
待っている間に死骸の腐敗が進みそうなので、普通のカッターナイフで代用することにしました。
やってみると大型のカッターナイフ1本ですべて解剖できました。(弘法メスを選ばず)
ピンセットやハサミなども使わずに済みました。
切れにくい部位で力を入れるときは、自分の手指をカッターナイフで切らないよう刃の向きに注意します。
死骸の血糊や脂肪で切れ味が悪くなったら、いちいち研がなくても刃先を折れば復活します。
トレーに死骸を仰向けに寝かせてから、まずは足の裏に注目しました。
足の裏が黒いのがテンの特徴です。
指の本数は前足も後足も5本で、鋭い爪が生えています。
肉球が白くなっているのは、雪道を歩いて毛が抜け落ちたのでしょうか? 手根球については写真にうまく撮れていません。
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右前足裏 |
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左前足裏 |
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右後足裏 |
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左後足裏 |
今後、足跡の付き方を見分けられるように資料としてホンドテンの足裏を写真で記録しておきましょう。
掌球と手根球にテン特有の特徴がある。前足は掌球がシンメトリーで、手根球がある。後ろ足の掌球(足底球(そくていきゅう))は、第1指側(親指側:しぐま註)に流れており、手根球がない。(p58より引用)
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剥皮が下手糞で血管を傷つけてしまい、血が滲んできました。 |
次にいよいよ腹部正中線をカッターナイフで切開します。
毛皮が意外に丈夫で厚く、刃先が最初に貫通するまで少し手間取りました。
腹膜を破らないよう注意しながら、毛皮を少しずつ剥いでいきます。
四肢の足先は靴下を脱がせるように毛皮をきれいに剥けるかと思いきや、途中で行き詰まりました。
時間がないので、足の骨ごと強引にゴリゴリと切断しました。
尻尾も途中までしか毛皮を剥げず、諦めて切断。
全身骨格標本を作るのなら、剥皮作業をもっと丁寧にやる必要がありそうです。
テンの肩甲骨(軟骨?)は遊離していて、鎖骨や背骨に連結していませんでした。
肩甲骨の大部分は膜性骨化によって形成される。 周囲の部分には出生時には軟骨であり、その後軟骨内骨化によって形成されるものがある。(wikipedia:肩甲骨より引用)
前腕の骨をきれいに取り出すのは大変そうです。
腹膜を切開し、内臓を露出しても消化器官に内出血は認められませんでした。 胃の上部を取り囲む赤黒い臓器が肝臓です。
肝表面の肉眼所見は正常で、毒入りの餌を食べた可能性は却下。
胃の下部にある赤黒くて細長い臓器は脾臓です。
興味深いことに、腎臓の位置が左右非対称でした。
右側の腎臓が上で左が少し下にあります。
心臓や肺を詳しく調べるのを忘れました。
子宮や卵巣、精巣の有無など内部生殖器については勉強不足で、解剖してもよく分かりませんでした。
下腹部(肛門周り)の内臓や脂肪をやみくもに切ると臭腺・肛門腺を傷つけてひどい悪臭を発するのではないかと恐れたからです。
しかし後でネット検索してみると、テンに臭腺は無いそうです。
あまり自信がないのですが、性別は若い♀だと思います。
股間に陰茎や睾丸がありませんし、腹面に乳首も無いからです。
↑【参考動画】
「テンの解剖(グロ注意)」 by 高貴
専門家による手際の良い解剖動画です。
執刀者の実況を聞くと、どうやら同じく交通事故死した個体(ロードキル)のようです。
毛皮をきれいに剥いだ状態から始まります。
テン死骸の足先はやはり切断されていました。
血抜きしてあるのか、素手で作業しても全く汚れていません。
膀胱の近くにある内部生殖器(未発達の子宮)から若い♀とのことです。
先にこの動画を閲覧して予習しておくべきでした。
解剖中に手を止めて参考書やインターネット情報を調べたいのはやまやまですけど、汚れたゴム手袋をいちいち着脱するのが面倒臭くて、我流で一気に解剖しました。
使い捨てゴム手袋の残量が少なかったので、無駄にできなかったのです。
解剖の途中でゴム手袋を脱いで、写真に記録するだけで精一杯でした。
頭蓋骨の頭頂部が大きく割れていて、脳が少し流出していました。 死因は走行車にはねられた(正面衝突)衝撃による脳挫傷と推定しました。
おそらく即死で、苦しまずに逝ったようです。
体の他の部位は無傷で、内臓に内出血もありませんでした。
罠にかかったテンの頭部を鈍器で殴って撲殺した可能性も考えましたが、四肢は無傷で罠にかかった痕跡がないので却下。
この機会にホンドテンの頭骨標本を作りたかったのに、残念ながら損傷がひどくて試料に使えませんでした。
両顎の歯式を記録するために、開口した内部を写真に撮りました。
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上顎の歯列 |
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下顎の歯列 |
開口状態で下顎の歯列を撮る際に、下顎の小さな門歯(切歯)を私の指で隠してしまっています(痛恨のうっかりミス)。
哺乳類の歯式は、左右片側について切歯I(門歯)・犬歯C・小臼歯P(前臼歯)・大臼歯Mの順で本数を表します(I,C,P,M)。
分数のように表記され、分母が下顎、分子が上顎の歯です。
ホンドテンの典型的な歯式をネット検索で調べると、切歯、犬歯、前臼歯、臼歯の順に I3/3,C1/1,P4/4,M1/2=38
とのことでした。
私が調べた個体の歯式は、 I3/?,C1/1,P3/5,M2/2=?
下顎の前臼歯および上顎の臼歯が普通よりも多いのが謎です。
小さな乳歯が生え残っているのでしょうか?
しかし常識的に考えると、永久歯よりも乳歯の数の方が少ないはずです。
不慣れな素人ゆえに、歯の数え方が間違っているのかもしれません。
次に摘出した胃の内容物を調べてみましょう。
内臓の中で胃が最も大きく膨らんでいました。
死亡時のホンドテンは空腹状態ではなかったことになります。
胃を切開した途端に、解剖実習で馴染みのある生臭い悪臭が辺りに漂います。
胃内容物は柔らかい泥状に消化されていて、指で丹念に探ってもめぼしい収穫はありませんでした。
死後に低温冷蔵でも胃内で消化がゆっくり進行したのかもしれません。
今回は残渣を茶漉しで丹念に水洗いする余力がありませんでした。
胃に残っていたオレンジ色の小さな破片は、熟柿の果肉と思われます。
カキノキに特有のひらべったい種子が1個だけ出てきました。 種子の先端が尖っていますが、全体的に無傷です。
テンは液果の果肉ごと噛まずに種子も丸呑みしたのでしょう。
この未消化のカキノキ種子を鉢植えで栽培すれば更に楽しみが広がったはずですが、熱湯消毒したので発芽は期待できなくなりました。
ホンドテンは熟した液果を好んで食べることが知られています。
そのお返しに、テンは果樹の種子散布に貢献しています。(共生関係)
テンは食後に遠くまで移動してから、未消化の種子を糞と一緒に排泄するからです。
腸の内容物も回収して糞から未消化の種子や残渣を調べるべきでした。
(糞内容物調査と同じ手法)
初めての解剖で疲労困憊していた私は、そこまでやり遂げる余力がありませんでした。
冬毛のホンドテンは毛皮がとても美しいのですけど、長期保存するにはタンパク質が腐らないように毛皮のなめし方を学ぶ必要があります。 忙しくて今回は泣く泣く諦めました。
ゆくゆくは毛皮の剥製や全身骨格標本を自分で作れるようになりたいものです。
解剖する前にホンドテンを身体測定するのを忘れていました。
仕方がないので、剥皮した毛皮(背側)に巻き尺を当てて採寸。
正式な測定法よりも少し誤差がありそうです。
全長73cm(鼻先から伸ばした尾端まで)。
尾長は30cm。
したがって、頭胴長(体長)は43cm。
前脚を左右に広げた幅は42cm。
体高(四足で立ったときの前足の裏から肩までの高さ)を測り忘れましたが、前脚を左右に広げた幅42cmの半分だとすると約21cmでしょうか?
解剖に使った道具類を熱湯消毒して終了。
暖房のない極寒の部屋で慣れない解剖を長時間やったので、疲労困憊しました。
手抜きが多く、細かい点で色々と不備がありますが、それでも1例目の解剖でこれだけ出来れば上出来です。(自画自賛)
死因をロードキルと確定できました。
これで経験値が一気に上がりました。
本で動物解剖学を学ぶだけよりも、実際に自分の手で解剖してみると、より深く理解できて記憶に残ります。