2010年9月下旬
育房数は66室まで大きくなったものの、巣全体が虫食い状態で不規則な糸や細かい糞で覆われてしまいました。
一見するとカビが生えたような汚らしい印象。
寄生蛾の幼虫に巣を乗っ取られたようです。
キアシナガバチの成虫一家はこの巣を放棄しました※。
寄生蛾幼虫は光を嫌うのかすぐに巣に戻り隠れてしまうので、飼育下でも撮影に苦労しました。
ようやく寄主の巣を徘徊したり、口から糸を吐いたりする様子を観察することが出来ました。
少なくとも二匹の幼虫が潜んでいるようです。
頭を左右に振って探索しつつ蠕動で前進します。
一匹の幼虫が育房の底(巣の上面)の虫食い穴から顔を出しました。
口から糸を吐いて巣に張り巡らしています。
腹脚で体を固定し、上半身は自由に動かします。
基質に口を付けて糸を固定すると、ぐいーっと体を反らして糸を伸ばす、の繰返し運動。
結果として、ループ状に縮れた糸が不規則に追加されていきます。
自ら荒らした虫食い穴を糸で綴って閉じようとしているのだろうか。
しかし虫食い穴を塞ぎ終わる前に移動を始め、なんとも中途半端な作業ぶりです。
巣の外側をしばらく徘徊すると、別の虫食い穴から中に戻りました。
この吐糸行動はどうも営繭とは違う気がします。
移動のための足場糸なのだろうか。
不規則網で隠れ家を作っているのだろうか。
寄主の巣を実際に食い荒らす様子は残念ながら見れませんでした。
乾いた紙製の巣にどれだけの栄養価があるのだろう。
育房内で蜂の子(幼虫や蛹)を捕食したり、キアシナガバチ幼虫が蛹化前に排泄した糞を食べたりしているのでしょう。
肉食のアシナガバチが居る巣に蛾が産卵し、巣を食い荒らして育つ幼虫が捕食されないのは実に不思議です。
蜂に発見されれば蛾の幼虫は絶好の獲物となり、直ちに肉団子に加工され蜂の子に給餌されるはずです。
寄生蛾の幼虫はおそらく体表成分を化学的に擬態することで寄主に見つからないようにしているという可能性が考えられます。
まさに「虎穴に入らずんば虎児を得ず」を地で行く驚異的な寄生戦略です。
キアシナガバチの巣盤の表面にはタール状のアリ避け物質が黒光りするほど塗布されています。
しかし寄生蛾およびその幼虫には全く忌避効果が無いようで、まさに虫食い状態。
飼育容器の底には寄生蛾幼虫の排泄した細かい糞が大量に散乱しています。
※ このキアシナガバチの巣S9は、標識した一匹の創設女王が軒下で二巣並行営巣していたうちの一つです。
寄生蛾に乗っ取られたコロニーは隣の巣S10に移ってシーズン最後まで活動を全うしました。
二巣並行営巣の観察記録は追々報告します。
寄生蛾の幼虫は3対の胸脚の他に腹脚も見えます。
体表には白っぽい直毛が疎らに生えています。
容器に巣を密閉して室内飼育したところ、2ヶ月後の11月下旬にミクロ蛾の成虫が一頭だけ羽化しました。
(成虫の動画を含む記事はこちら → 「キアシナガバチ巣に寄生したマダラトガリホソガ(蛾)の仲間の羽化」)
カザリバガ科マダラトガリホソガの一種のようです。
実は昨年も同じ場所に作られたキアシナガバチの古巣を採集したところ、この寄生蛾の仲間が36頭も羽化しました。
虫我像掲示板にて問い合わせたところ、マダラトガリホソガに近縁な未同定種(Anatrachyntis sp.)だろうとご教示頂きました。
寄生率の高さをうかがわせます。
今回得られた蛾と同種なのだろうか?
専門的な蛾のデータベースによると、
虫我像掲示板にて問い合わせたところ、マダラトガリホソガに近縁な未同定種(Anatrachyntis sp.)だろうとご教示頂きました。
寄生率の高さをうかがわせます。
今回得られた蛾と同種なのだろうか?
専門的な蛾のデータベースによると、
「外観では識別困難な近縁種がいるので, 同定は交尾器の特徴によるのが肝要.」とのこと。
≪追記≫
寄生蛾に産卵を許すと、もはやキアシナガバチは為す術が無いように思います。
寄生や天敵への対抗措置として創設女王の一部は二巣並行営巣を始め、リスクを分散しているのかな、というのが私の描いているシナリオです。
毎年キアシナガバチが営巣している軒下で二巣並行営巣を観察したのは一昨年に続いて二例目になります。
(創設女王と一部のワーカーにマーキングを施して個体識別することで確認しました)
隣に作られた巣S10(最終育房数49室)はコロニー解散まできれいなままで、巣を採集した後も寄生蛾は(今のところ)羽化して来ません。
今季はキアシナガバチの他に、コアシナガバチ、ムモンホソアシナガバチの巣をコロニー解散後に採集しました。
寄生蛾の攻撃を受けていた巣は
コアシナガバチの古巣からも同種と思われる寄生蛾が羽化してきました。(関連記事はこちら。)
≪追記2≫
セグロアシナガバチの巣に寄生するウスムラサキシマメイガに関するPDF文献によると、
加藤展朗, et al. "セグロアシナガバチの巣に寄生するウスムラサキシマメイガの生活環." 日本応用動物昆虫学会誌 51.2 (2007): 115-120.
「トガリホソガ類は巣材やハチの幼虫の糞塊を食すと考えられているが、実験的には確かめられていない」とのこと。
≪追記3≫
『日本の昆虫3:フタモンアシナガバチ』 文一総合出版 p127 (第9章:巣をおびやかすもの) より引用
このガ(カザリバガ科Anatrachyntis属の一種)が被害を与え始めるのは6月初旬頃(最初のハタラキバチの羽化する頃)で、一度侵入されると10月の解散時までずっと食害が続く。幼虫は通常育室の底に潜んで、主としてハチが蛹化する時排出したメコニウム(糞塊)や室壁を食うが、しだいに生きた蛹や幼虫まで食害するようになる。本種におかされた巣は、8月を過ぎると幼虫の吐く糸で育室内が白く蜘蛛の巣状になり、外から一見してわかるようになる。本種の食害は部分的で、コロニーがつぶれてしまうことはほとんどない。
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