2012年8月中旬
巣坑に貯食する寸前にしつこい寄生ハエに邪魔され、二度も逃げ出したジガバチ♀(水色)は、麻酔した獲物を途中で放置したままどこかへ行ってしまいました。
せっかく個体標識したのに、そのまま蜂は戻って来ません。
獲物も掘りかけの巣坑も放棄して、新天地で一から新しく営巣サイクルをやり直すのが得策でしょう。
一見するとジガバチが寄生ハエに屈したようですが、結局シロオビギンガクヤドリニクバエ♀も産仔に成功しておらず、両成敗となりました。
漁夫の利を得たのがアリです。
地面に見捨てられたご馳走にアリが群がり始めました。
今回、ジガバチ♀と寄生ハエ(シロオビギンガクヤドリニクバエ)との戦いを観察した結果、一度営巣地を見つけられたが最後、蜂に勝ち目はないような印象を受けました。
何か有効な対抗戦略が今後進化してくるのでしょうか?(※追記参照)
新刊の『狩蜂生態図鑑』を読んで驚いたことの一つとして、単独性のカリバチでも交尾後の♂が巣穴に同居する種類の蜂がいるそうです。
♀がせっせと働いている間、一夫一妻の♂が天敵に対するボディーガードに専念するようになるかもしれません。
営巣地の選定も重要で、日当たりの良い裸地ではなく少し薄暗い林縁に営巣するのも天敵対策になるかもしれません。
あるいは暗くなるのを待って獲物を巣穴に搬入すれば、寄生ハエに見つかるリスクは減らせるかもしれません。
例えばキオビクモバチは狩猟後、寄生バエなどの天敵を避けるために日没を待ってから土中に単房巣を掘るらしい。(『狩蜂生態図鑑』p79より)
やがて完全夜行性または好暮性のカリバチが進化してきたら…と妄想すると胸が熱くなります。(†追記2参照)
農作物の害虫として嫌われるヨトウムシ(夜盗虫:ヨトウガの幼虫)が活発に食害するのは夜間らしいので、夜行性ジガバチ(仮称)も獲物に不自由しないでしょう。
新しいニッチとして狙い目かもしれません。
寄生ハエもすぐに寄主を追いかけて夜行性に進化するでしょうけど。
ビニール袋に芋虫を採集して持ち帰りました。
翌日に袋を開けると、飲まず食わずなのに20個も脱糞していました。
随意運動能力は奪われてるとは言え、腸の消化および排泄行動には影響ないことが分かります。
芋虫の麻酔の程度を調べるために、『ファーブル昆虫記』の真似をしてピンセットで突ついてみました。
腹部第4節以降で接触刺激に対して反応性が残っていました。
一方、上半身の胸部第1〜3節および腹部第1〜3節は完全に麻痺していました。
この麻痺は永久的で回復せず、飼育しても
獲物の麻痺の程度が蜂が毒針を刺した部位に対応しているのか自分でも確かめてみたいものです。
(実体顕微鏡に調べれば毒針を刺した跡は検出できるのだろうか?)
ジガバチが狩りを行い獲物を毒針で制圧する瞬間を未だ観察していないのです。
拉致被害者の身元調査
自分でもヤガ科ヨトウムシの一種だと思ったのですが、念のためにいつもお世話になっている「不明幼虫の問い合わせのための画像掲示板」にて問い合わせたところ、atozさんより次のコメントを頂きました。
個人的な印象としてはキリガ亜科やヨトウガ亜科の幼虫っぽいと感じました。
シリーズ完。
※【追記】
小松貴『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる (BERET SCIENCE)』p38-39によると、
ハチの巣は寄生性のニクバエに狙われることがあります。ひとたびマークされてしまうと、巣穴が完成してハチが獲物を隠し場所から運搬し、巣内に運び込む一瞬の隙をついてニクバエにウジを産みつけられてしまいます。一度にニクバエが産みつけられるウジは多数個体に及び、餌はウジにすべて食べ尽くされます。結果として、巣内の幼虫は餌が足りずに餓死するのです。
こういう敵に目をつけられた場合、狩りの後に営巣するタイプのほうが、すぐに獲物と巣を捨ててそこでの営巣をあきらめ、別の場所でやり直しやすいのです。
†【追記2】
虫好きにとって古典的バイブルである岩田久二雄『自然観察者の手記2』の第4部に「暗闇ずきの狩蜂」と題した章があり、読んでみると参考になりました。
午後狩った獲物のクモを草上に引き上げて監視しつつ寄生バエの活動が無くなる日没後に巣坑を掘って貯食するキオビベッコウ(現在の和名はキオビクモバチ)の詳細な観察記録や、強敵の寄生バエの攻撃を巧みに避けている好暮性のハナダカバチの一種(北米産)の話が登場します。
代理で投稿します。
返信削除匿名 2020年4月23日 7:07
いつも楽しく読ませていただいております。
2012/11/18の記事によると、ジガバチに狩られた芋虫は植物状態とのことですが、
僕は以前、ジガバチに連れ去られる芋虫を救出して、自宅で保護したことがあり、その芋虫は頭部が少し動いていました。
ですので、ジガバチに狩られた芋虫は、意識があるのではないかと思うのですが?
コメントありがとうございます。
削除おっしゃる通りで、8年前の私は「植物状態」という用語の定義を深く考えずに、なんとなくふわっと使ってしまったようです。
貯食された獲物の状態は、狩蜂の毒針で末梢神経節が侵された結果、ヒトに例えると部分麻酔が深く効いていながらも意識がある状態に近いイメージを持っています。
ただし、芋虫に普段から意識はあるのか?というのはまた難しい問題だと思います。
「意識」を生物学的に定義しないと哲学の問題になってしまいます。ここでは単純に、頭部の中枢神経系(脳)の活動を意識としておきます。
それから、芋虫の胴体の麻酔と頭部の麻酔は別の方法でやるのだそうです。
私はジガバチによる狩りの瞬間を自分の目でしっかり観察できていないので、たまたま今読んでいる本から蜂屋さんが書いた一説を引用します。
「 ファーブルは進化論に反対だった。大きなイモムシを一匹だけ幼虫の餌として狩るジガバチを例にとると、麻酔するために体節ごとに神経節があるのでそれを刺していく。さらに脳に当たる神経球は刺すと死んでしまうので頭を顎で挟んで締め付ける、マラキゼーション(しぐま註:malaxation=もみほぐし)ということをやる。するとイモムシの大顎を動かなくさせることができる。(中略)その後の研究からハチの生活はそんなに厳密なものではなくもっと余裕があると考えられている。
(『田んぼの虫の言い分:トンボ・バッタ・ハチが見た田んぼ環境の変貌』p142-143より引用)」
https://www.youtube.com/watch?v=9J9qcDnXHp4
返信削除こちらの動画をご覧いただきたいのですが、ジガバチに狩られた芋虫は頭と尻尾を少し動かしています(体を動かそうとしても動かせないようです)。
動けない芋虫をじわじわと食べるなんて、ジガバチも残酷ですね・・・。
僕が、数年前の9月上旬にジガバチから救出した芋虫は、動けないまま、尻尾のほうから体が縮んで硬くなっていき、2か月後の11月上旬に死亡しました。
芋虫にしてみれば、生きたままじわじわ食べられるのと、動けないまま餓死するのとでは、どちらがましでしょうか・・・。