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2023/09/09

雪崩に埋もれた渓谷を渡りかけて諦めるニホンカモシカ【トレイルカメラ】

前回の記事:▶ 深い雪に埋もれた渓谷を夜にラッセルして渡るニホンカモシカ【トレイルカメラ:暗視映像】 


2023年2月下旬 

雪山で深い渓谷を渡る野生動物を自動センサーカメラで見張っています。 
カメラの電池を交換するために現場入りすると、深い沢が雪崩で完全に埋もれていて仰天しました。 
渓谷の両岸よりも高くブロック状の雪の塊がゴロゴロと積み上がっています。 
こんな大きな雪塊が高速で急斜面を下ってきたら、ひとたまりもありませんね。
トレイルカメラを固定した杉の木のすぐ手前まで雪崩が迫っていました。 
雪崩でスギの大木ごとなぎ倒されてカメラが流出・破損してもおかしくありませんでしたが、奇跡的に無事でした。 
辺りの地形をよくよく確かめると、毎冬のように雪崩が繰り返される多発地帯だったようです。 
というか、毎年の雪崩とその雪解けによって山肌が侵食された結果、この渓谷やカールのような地形が形成されたのかもしれません。 

雪崩に埋もれかけたトレイルカメラを回収して撮れた動画を見直しても、残念ながら雪崩の起きた瞬間は記録されていませんでした。 
雪崩はいくら動きが激しくても極低温なので、カメラの熱源動体感知センサーが反応しません。 
トレイルカメラに記録された最後の動画は2/9の未明(4:30)でした。 
それから2/27までの期間で、雪崩がいつ発生したのか不明です。 
近くに地震計が設置してあれば、分かるかもしれません。
この雪崩跡が夏まで残れば雪渓と呼ばれますが、ここは標高の低い低山ですから初夏までに残雪は全て溶けて消失します。
高山で真夏でも溶けずに残る雪渓は、万年雪と呼ばれます。
雪崩跡を越えて左から右へ続く足跡。
驚いたことに、雪崩跡を横切るように野生動物の足跡が残されていました。 
2月に雪崩が発生した結果、カモシカなど野生動物はむしろ渓谷を渡河しやすくなったようです。 
雪崩で渓谷が埋もれて高低差が無くなり、険しい崖を登り降りする必要が無くなったからです。 

私もカモシカの蹄跡を辿りながら、雪崩に埋もれた渓谷を渡ってみようか迷いましたが、スノーブリッジの空洞を踏み抜いて崩落する危険があるので踏みとどまりました。 
渓谷を埋めた雪がみっしり詰まっていれば別に問題なく渡れるのですが、谷底を流れる沢によって雪が溶け、空洞が次第に大きくなるはずです。
その隠れた空洞の状態を予測できないのが危ないのです。
どうしても渡りたければ、長いポールを持参するなどの工夫が必要です。
雪面に突き刺して空洞の有無を探りながら渡るのです。
単独行で更に保険を掛けるのであれば、物干し竿くらい長いポールをもう1本用意して、腰の辺りに水平にしっかり固定してから渡ります。
まるで綱渡りのようですけど、バランスを取るためのポールではありません。
もし万一、空洞を踏み抜いて崩落しても、ポールに引っかかってクレバスの途中で体が止まるだろうという安全策です。
極地での単独行を得意とした冒険家、植村直己の本を子供の頃に読んだ際に確か書いてあったと記憶しています。

トレイルカメラは無事だったので、今度は雪崩で埋もれた谷を渡る野生動物を監視することにしました。 
別のスギ大木の幹にカメラを設置し直します。 
雪崩が毎年繰り返されるとしても、それに淘汰されずに残っている植林地の大木は安全だろうと判断しました。 
明るい昼間はセンサーカメラの誤作動が多いので、夜間のみ(17:00〜7:00)撮影するようにタイマーで設定しました。 
誤作動による無駄撮りを減らし、電池の節約にもなります。 
前置きはこのぐらいにして、撮れた映像をご覧ください。 

 

2023年3月上旬・午前6:30頃・(日の出時刻は午前6:09) 

早朝から1頭のニホンカモシカCapricornis crispus)が単独で此岸(右岸)に現れました。 
対岸まで先行者の足跡が続いているのに、この個体は雪崩で埋もれた谷になかなか足を踏み出せないでいます。 
久しぶりに来て地形の激変に戸惑っているのか、それともクレバスなどの危険性を知っていて逡巡しているのでしょうか? 
頭を上げたカモシカは、舌をペロペロ出し入れしていました。 
もしかして雪を食べていたのかな? 

ようやく意を決したように、雪崩谷を渡り始めました。 
雪崩の雪塊の表面は意外にもグズグズの腐れ雪でした。 
カモシカはすぐに立ち止まって、雪面の匂いを頻りに嗅いでいます。 
早朝の最低気温でも雪質が柔らかくて足元が悪いのでは、対岸へ安全に渡るのは無理だと賢明に判断したようです。 
カモシカの体重を支え切れずに蹄が雪に深く潜って歩きにくいだけでなく、下手するとスノーブリッジの空洞を踏み抜いてクレバスに落ち、脱出できなくなる恐れもあります。 

遂に渡河を諦めたカモシカは、此岸をカメラに向かって歩いて来ます。 
スギ林縁は日陰なので雪面はやや凍っていて、カモシカは蹄が深く潜らず楽に歩けます。 
旧機種のトレイルカメラは、動画撮影時に気温のデータが記録されないのが困ります。 
この個体は対岸へ安全に渡れるポイントを探して、渓谷の右岸を少し下るのでしょうか? 
雪国のカモシカの危険察知能力が高いこと(動物の第六感)を物語る映像でした。 
雪山で「勇気ある撤退」ができる臆病で慎重な個体が生き残るのでしょう。(自然淘汰)

雪崩に巻き込まれたり、クレバスに落ちて足の骨を折ってしまうと致命的です。 
毎年春になると、雪の溶けた沢筋でカモシカの死骸がよく見つかると聞いたことがあります。 
今度探してみようかな? 




【追記】
ダーウィンが来た!2024年5月19日放送回高山に異変!カモシカ大調査』で、雪山に暮らすニホンカモシカの興味深い生態が紹介されました。
雪崩が頻発する長野県の高山では、雪崩が発生する度にニホンカモシカがわざわざ雪崩跡の急斜面に集まってきて、雪の下から露出した植物を採食するのだそうです。

私がカモシカを観察しているフィールドは、標高が低い低山ですし、ニホンジカが暮らせない多雪地帯なので、状況がまるで違います。
私はこれまで、雪崩が発生した跡の急斜面でカモシカを見たことはありません。
シカと餌を奪い合う必要がない当地のカモシカは、厳冬期でもそれほど餌に困っていないようです。


以下の写真は、2月下旬に撮った同じ低山の別な(軽微な)雪崩跡です。 
問題の雪崩谷へ向かう途中で撮りました。
尾根に雪庇が発達しています。雪崩多発地帯の急斜面に樹木はほとんど生えていません。
ロール状に成長しながら転がる雪塊が斜面の途中に止まっています。


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