2021年1月中旬・午前11:45〜午後14:00頃・晴れ
逃げた2頭のニホンイノシシ(Sus scrofa leucomystax)が雪面に残した蹄の足跡を辿り、猟師(マタギ)気分で追跡してみましょう。(アニマルトラッキング)
この日の里山は雪面がクラストしている(凍っている)ため、スノーシュー(西洋かんじき)という文明の利器を履いた私は深い雪の中に全く足が沈まずにザクザクと軽快に歩けます。
一方イノシシは一歩ずつ蹄が深い雪の中に潜ってしまうので苦行のラッセルになります。
雪山の斜面をトラバースするようにしばらく進むと、杉林の中に湧き水が溜まった池がありました。
泥浴びが好きなイノシシにとって絶好のヌタ場になりそうですが、慌てて逃げたイノシシは池に入らず素通りしていました。
さすがに冬は泥浴びをしないのですかね?
糞塊の横に15cm定規を置いて採寸してみます。
糞の前方に、黄色い小便で雪を溶かした跡がありました。
立ち止まって大小便を同時に排泄したようです。
2時間以上も休みなく追跡してきましたが、残念ながら2頭のイノシシには二度と遭遇できませんでした。
更に進むと、足跡の右横に小さくて新鮮な糞塊が2個転がっていました。
小枝を使って2個の糞をほぐして糞内容物を調べてみました。
このイノシシ個体は山麓の果樹園でリンゴの落果を拾い食いしたことが痕跡(足跡、食痕、および糞)で分かっています。(詳細は次回の記事で)
リンゴ果実の種子が未消化のまま糞に含まれているかと期待したのですが、素人目では見つかりませんでした。
糞の付いた小枝の先を匂ってみても、普通の糞便臭がわずかにするだけで、イノシシに独特の匂いはありませんでした。
本来なら見つけた糞塊を全て回収して内容物をしっかり調べるべきなのですけど、そこまでの根性はありませんでした。
ニホンイノシシが雪深い雑木林を通り抜ける際に、ニホンカモシカ(Capricornis crispus)が歩いた足跡(蹄跡)と交差していました。
カモシカが残した古い溜め糞が雪面に散乱していて、イノシシはその上を踏んで通り過ぎていました。
カモシカ(ウシ科)とイノシシ(イノシシ科)は同じ有蹄類でも食性が違うので(草食と雑食)、糞の形状も色も全く異なります。
イノシシが追跡者を惑わすためにわざとカモシカの溜め糞の上を通ったのだとしたら、興味深いです。(匂い消し?)
カモシカの溜め糞を通り過ぎてから少し離れた所でイノシシも脱糞していました。(小さな糞塊2個)
有蹄類(イノシシ、カモシカ)が雪面に残した足跡の特徴として、深雪から蹄を抜いて前方に踏み出す時に、雪面を蹄の先で引っ掻いたような2本の線が引かれていることがあります。
これで足跡の進行方向を見極めることが出来ます。
常に縦列で逃げる2頭のイノシシは、疲れないように先頭交代しながら雪山をラッセルしているのでしょうか?
イノシシとこの日初めて出会ったばかりの私は足跡だけで個体識別はできませんが、先頭個体を追い越すような足跡の乱れは無かったと思います。
ただし、山中の立木を回り込む際には縦列の足跡が乱れることがありました。(一度別れて再び合流)
雪に深く潜った蹄の跡の中に糞塊が連続して3個残されていました。
逃走中のイノシシはかなり頻繁に排便していることが分かりました。
イノシシ♀が経血を垂らして歩くという話は聞いたことがありません。
そんなことになれば、肉食獣に嗅ぎつけられて捕食されてしまうでしょう。
雌が周期的に出血する「月経」があるのは,ヒトのほかはチンパンジー,コウモリ,ハネジネズミなど一部の動物だけだ。(『日経サイエンス 2019年11月号』の特別リポート「抜け落ちた視点 月経の科学的解明」より引用)
もしイノシシが吐血・喀血していたら病気が疑われるので心配です。
イノシシの糞や血痕には私の素手で触れないように気をつけました。(野生動物からの感染症対策)
しかし吐血ではなくて、おそらく足の脛やふくらはぎを怪我して出血しているようです。
慌てて逃げる際に灌木の枝が突き刺さってしまったのか、あるいは固く凍った雪面を一歩ずつ踏み割りながらラッセルする際にギザギザになった氷で脚を切ってしまったのでしょう。
今回は先導する個体が排泄した糞を後続の個体が踏んで歩いたようで、糞塊が汚らしく潰れています。(@3:52)
新たに見つけたフィールドサインとして、イノシシがラッセルした後の雪面に薄っすらと泥汚れが残っていました。
見つけたのは1箇所だけではありません。
泥浴びするのが大好きなイノシシの体毛は泥だらけと言われています。
深雪に胴体の下面を擦ったときに泥汚れが雪面に移ったのではないかと想像しました。
(イノシシによる)深雪の歩行パターン。シカやカモシカと比べて足が短いので、腹がすれてトレンチ状になっている。開いた副蹄の跡が残る。 (熊谷さとし、安田守 『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』p79より引用)
途中で何度か走り去る鼻息が聞こえたような気もするのですけど、動画には撮れていません。
山腹の斜面をトラバースして道なき道を北上したイノシシは、林道にぶつかると、つづら折れの林道を獣道として利用するようになりました(南西へ)。
ヒトが切り開いた林道は無茶な急勾配になりませんし、雪面がある程度踏み固められていて(ラッセル不要)、イノシシも歩きやすいのでしょう。
行き当りばったりで逃げているかと思いきや、イノシシはこの辺りの地形や林道を熟知しているのかな?
狩猟採集民の時代からヒト(ホモ・サピエンス)の強みは知恵と持久力です。
短距離走では獣に負けても足跡をひたすら辿れば必ずや追いつけるはずです。
イノシシが道中で脱糞する頻度も下がってきました。
水や食糧を携帯している私と違ってイノシシは何も食べずに逃げ続け、かなり疲れているはずです。
そう信じて追跡を続けてきたのですがイノシシには追いつけず、深い谷の手前で私は立ち尽くしてしまいました。
雪山の急斜面(崖)を下って深い谷へ降りて行くイノシシのラッセル跡が残っています。
もし私がスキーを履いていたとしても、直滑降で下るのは無理な急勾配です。
しかし恐れを知らないイノシシは躊躇せず真っ直ぐに谷底へ滑り降りていました。
凍っていた雪がどんどん溶けて、スノーシューでも非常に歩きにくくなりました(いわゆる「腐れ雪」)。
この重い雪質でスノーシューを履いた私が急斜面を蛇行しながら下ると、雪崩を引き起こす危険があります。
また、一旦谷底へ降りてしまうと、日が暮れる前に帰宅できなくなりそうです。
せっかく撮れたスクープ映像を持ち帰るために、無理をせずにここで諦めて引き返すという決断をしました。
無事に帰宅するまでが遠足です。
逃げるイノシシが雪山の急斜面を一気に下ったのは、しつこい追手をまくための最終手段だったのかもしれません。
そのシーンを動画に記録したかったなー。
こういうときにドローンを飛ばして空撮できれば楽しそうです。
同じ有蹄類でもカモシカは逆に急峻な山にどんどん登って行って追手をまいてしまうことが知られています。(岩山でも雪山でも平気で急斜面を登る)
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