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2020/05/08

交尾後ガード中のキボシカミキリ♂は浮気できない



2019年10月下旬・午後16:10頃・晴れ(日の入り時刻は午後16:41)


▼前回の記事
キボシカミキリ♂同士の喧嘩(強奪した♀と交尾)


西日を浴びたヤマグワの幹にキボシカミキリPsacothea hilaris hilaris)の♀p♂1ペアおよび単独♀sが居ました。
♀2匹はそれぞれ樹皮を齧って産卵加工しています。
♂pは長い触角を真横に広げ、♀pの背後で静止しています。
マウントしているものの交尾器は結合していないようなので、おそらくリッキングしながら交尾後ガードしているのでしょう(配偶者防衛)。

どうやら♀sは齧っていた場所が産卵に向いていないと判断したようで、別の産卵適地を探してヤマグワの幹を上に登り始めました。(@0:34)
上に陣取っていた♀♂pペアに♀sが触角で触れ、なぜか♀pに接近しました。
しかし結局、♀♂pペアから離れて更に上へ登って行きます。
♂pは自分の触角で♀sの存在に気づいたはずなのに、特に何もアクションを起こしませんでした。
ライバル♂に対するときのように敵対的に追い払わなかったということは、♀体表に存在するコンタクトフェロモンによって戦う必要のない♀だと認識していたのでしょう。
♂が新しい♀に乗り換えて浮気することもありませんでした。
交尾相手♀が産卵するまで一夫一妻で密着マークした配偶者防衛が必要なキボシカミキリ♂は、ハーレム(一夫多妻制)になれないのでしょう。

周囲にライバル♂が全く居ない状況であれば♂は交尾後ガードする必要がなくなり浮気し放題のはずですけど、実験してみたらどうなるか興味があります。
キボシカミキリは視力が悪くて触角頼みなので、「周囲にライバル♂が全く居ない状況」だと認識するのが困難かもしれません。
一方、♀pは産卵加工に夢中で、近寄って来た♀sが触れても全く無反応でした。
この結果からキボシカミキリの♀同士の争い(嫉妬?)は無いのかと私は思ったのですが、専門家によると♀同士で喧嘩することもあるらしいです。

奥が深いですね。

深谷緑『キボシカミキリの配偶行動と生態情報利用、体サイズ』によると、

 キボシカミキリは寄主上で♂、♀共に徘徊、待ち伏せをするが、♂の方がより活発に歩き回る。しかし雌雄とも、ごく近くに異性が存在しても直接に触る前に相手に気づいているようには見えない。(中略)キボシカミキリは接触する前に配偶者を認識し、定位するとは考えられていない。 (『カミキリムシの生態』第5章p160より引用)

同じ著者が公開している文献をPDFファイルでダウンロードして読むと、

キボシカミキリやマツノマダラカミキリにおいては雄どうし, 雌どうしの闘争行動がみられる. また奇妙なことにキボシカミキリでは雌 どうし(12), マツノマダラカミキリでは雄どうし(1)のマウント行動が観察されている.
(深谷緑 "さわってわかるキボシカミキリの雌と雄" 化学と生物 34(2) 92-95 1996年2月)





ここからは余談です。

余談その一(映像の後半について)。

幹の左側に独身♂xが登場し、どんどん上に登って行きます。(@1:07)
そこで交尾後ガード中の♀♂yペアと遭遇しました。
映像で見えているのは♂yだけですが、これ以降の行動から配偶者防衛中だと推測されます。
おそらく幹の陰で♀yが産卵加工しているのでしょう。
♂xが♀♂yペアの間に割り込もうとしましたが、♂yが怒ってお邪魔虫♂xを追い払いました。
体格を比べると明らかに♂x<♂yなので、あぶれ♂xが喧嘩に負けたのは納得です。
♂yは配偶者防衛戦に勝ちました。
負けたあぶれ♂xはすごすごと幹を登って行きます。
右後ろには♀sが単独で登って来ているのに、♂xは存在に気づいていません。
独居♀♂同士が出会ってカップル成立するまでの過程を残念ながら観察できませんでした。

次に機会があれば、特定の♀♂ペアをじっくり長撮りして、多回交尾(精子置換)を観察してみたいものです。
日没後に行われる産卵行動を暗視カメラで夜通し撮影するのも今後の宿題です。


余談その二。

この1本のヤマグワの木に集合した個体数を最後にカウントすると、♀♂ペアが7組、単独個体(あぶれ♂?)が3匹の計17匹でした。
(単独個体は常に動き回っている上に、日没後の暗闇でカウントしたので、数え漏れなどの誤差があるかもしれません。)
これほど多数のキボシカミキリを一度に見たのはこれが初めてです。

ここは東日本なのに、今回私が見たキボシカミキリは全て、なぜか前胸背の縦線が途切れる西日本型でした。(下記掲載の写真を参照)
新谷喜紀『キボシカミキリの生活史と休眠』によると、

日本本土のキボシカミキリの2型。前胸背の斑紋が中断するか連続するかが異なっている。 (『カミキリムシの生態』第6章p195より引用)

おそらくクワやイチジクなどの苗木を西日本から移植した際に本種幼虫が材中に潜んでいて、分布を東日本に拡大した結果と考えられます。


ちなみに、宮沢輝夫『山形昆虫記』に掲載されたキボシカミキリの写真も西日本型でした。

県内でよく見られるようになったのは近年のこと。
県内では1970年代に生息が確認され、数を増やしている。(同書より引用)


鈴木知之『新カミキリムシ ハンドブック』でキボシカミキリを調べると、
本州には前胸背板両側の縦条が分断される関西型と完全な関東型が知られ、DNA解析の結果、前者は中国大陸、後者は台湾からの移入と考えられている。関東地方には関西型も普通にいて、互いに交雑している。(p86より引用)




シリーズ完。



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