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2024/11/07

野生ニホンザル♀の同性愛行動(雌同士の抱擁、マウンティング、正常位の擬似交尾など)

 

2023年12月中旬・午前11:40:頃・晴れ 

里山の麓に流れる沢を治水する砂防ダムのコンクリート堰堤で2頭のニホンザルMacaca fuscata fuscata)が毛繕いしていました。 
このペアは体格に少し差があり、大柄な個体が小柄な個体に対して甲斐甲斐しく対他毛繕いをしています。 
大柄な個体は、胸にピンク色の細長い乳首があることから、経産♀(オトナメス)とすぐに分かりました。 
小柄な個体は対他毛繕いを一方的に受けながらも自分でも蚤取りをしていて、お返しの毛繕い(相互毛繕い)を全くしませんでした。 
初めは小柄な個体の性別を見分けられなかったものの、胸に乳首が見えないことは確かです。(この時点では若い♂または子育て未経験の若い♀だと思っていました。)

谷(渓流)を挟んで対岸に座って居るニホンザルと私は、充分に距離が離れているのですが、私に対して少し警戒しているようです。 
周囲をキョロキョロと見回して、物音がするとビクッと怯えました。 
群れの仲間が近くに居るのかもしれませんが、私には姿が見えませんでした。 

砂防堰堤に座ったまま至近距離から互いにちょっと見つめ合ってから、正面から抱き合いました(ハグ)。 
すぐにまた対他毛繕いを続けます。 
抱擁したのは心理的な不安を和らげるための行動なのか?と微笑ましく思いつつ撮影を続けると、驚きの展開が待っていました。 

毛繕いを受けていた小柄な個体が立ち去ろうとすると、大柄な年長♀が相手を抱きかかえるように引き留めて、2頭はハグしたまま後足で立ち上がりました。(@1:00〜) 
抱き合ったまま年長♀が後ろに倒れ込んだ結果、正常位の交尾行動?が始まりました。 
年長♀が後ろに倒れ込む際に、左手で近くの枝を掴んでいました。 
このとき初めて小柄な個体の股間がしっかり見えたのですが、外性器から♀だと分かって驚愕しました(睾丸も陰茎もない)。 
もしも若い個体の性別判定が間違っていたら以下の解釈は全て台無しなので、ご指摘願います。
小柄な若い♂が年増の♀を押し倒して正常位の交尾を始めたのではなくて、明らかに年長♀が若い♀を誘い込んでいました。 
♀同士の同性愛行動なのでしょうか? 
正常位で下になった年長♀が腰をスラストして下腹部の外性器を若い♀の体に擦り付けています。 
ここまでの行動から、年長♀の方が性的にかなり積極的で、明らかに発情しているようです。 
異性間の交尾なら正常位の上になった♂が腰をスラストさせるはずですが、上になった若い♀は棒立ち(四足)のまま腰を動かしませんでした。 

抱擁を解くと若い♀は少し離れ、砂防堰堤に身を伏せました。 
このとき若い個体の股間に見えたピンク色の陰部は、やはり♂ではなく♀の外性器でした。 
年長♀は若い♀に対して再び対他毛繕いをしてやります。 

辺りをしばらく見回してから、年長♀が若い♀の背後からマウンティングしました。(@2:13〜) 
両足で相手の腰の上に乗った年長♀は、左手で近くの木の幹を掴んでバランスを取りながら、下腹部の外性器を若い♀に擦り付けました。 
マウンティングされた若い♀は体をねじって相手の顔を見上げ、右手で相手を掴んで引き寄せています。 
この行動は、異性間交尾でマウントされた♀がやる行動と同じでした。 

若い♀の腰に乗った年増♀が地面に跳び下りると、少し離れて座って休みます。 
日当たりの良いコンクリート堰堤は暖かそうです。 
小柄な若い♀個体は、痒い体を掻いたり自分で毛繕いしたりしています。 
年長♀は、対岸で撮影している私を気にしてチラチラと見ています。 
一方、若い♀は周囲をそれほど警戒しません。 

短い休憩を挟んだだけで、すぐにまた年長♀が立ち上がると若い♀の背後に回り込み、マウンティングしました。(@2:50〜) 
年長♀が近づくと、座っていた若い♀は立ち上がり、四足で迎え入れました。 
これが交尾を促す積極的なプレゼンティングなのかどうか、観察経験の浅い私には判断できません。 
少なくとも、マウントされることを嫌がっていないのは確かです。 
今回もマウントされながら若い♀は振り返って相手を仰ぎ見ながら片手で触れました。 
若い♀が前に歩きながらのマウンティングになってしまい、バランスが不安定ですぐに離れました。 

少し離れて座ると、各々が毛繕いをしています。 
耳を澄ますと周囲からニホンザルの鳴き声がかすかに聞こえます。 
近くで遊動・採食している群れの仲間が鳴いている声なのか、それとも被写体の♀同士が鳴き交わしているのか、遠くて分かりませんでした。 

これで観察を打ち切りましたが、ニホンザル♀のペアが同性愛の行動を繰り返しながら少しずつ奥へ奥へと移動しているのは、私を警戒して物陰に隠れようとしているのかもしれません。 
群れの仲間に邪魔されないように、群れから離れて安全な砂防ダムの上で同性愛行動を始めたようです。 
ちなみにニホンザルでは異性間の交尾行動でも、繁殖期に仲良くなった♀♂ペアはライバルに邪魔されないように群れから離れて逢引することが多いです。

今回のペアが役割を入れ替えて、若いニホンザル♀が年長♀に対して逆にマウンティングしたり対他毛繕いしたりすることは一度もありませんでした。
一連の行動を見ると、群れ内での順位を決めるための優劣行動として年長♀が若い♀に対してマウンティングしただけとはとても思えません。

ボノボ(別名ピグミーチンパンジー)というアフリカの類人猿は、異性愛だけでなく同性愛も大っぴらに行う猿、正常位で性行動をする猿ということで有名で、テレビの動物番組で何度も紹介されています。 
個体間で緊張が高まると擬似的な交尾行動(マウンティング)、オス同士で尻をつけあう(尻つけ)、メス同士で性皮をこすりつけあう(ホカホカ)などの行動により緊張をほぐす[5][6]。(中略)体位については、人間だけが行うと考えられていた正常位での性行動を行うことが発見されている。 (wikipediaより引用)
ボノボの♀同士がやる有名なホカホカ行動を今回ニホンザルで初めて観察できて、びっくりしました。
ボノボは喧嘩・対立した当事者間の緊張をほぐすために儀式的な同性愛行動をするそうです。
今回私が観察したニホンザル♀の事例ではその解釈は当てはまらず、年長♀の性的衝動から始まった性行動だと思います。
撮影時期はニホンザルの交尾期(発情期)ですし、撮影直前にこの2頭のニホンザル♀が喧嘩をしていたようには見えません。
年長♀は乳首が長いことから、過去に出産・育児をして授乳経験があると考えられます。
したがって、この年長♀個体は異性♂と交尾した経験があり両性愛者です。 

Google Scholarで文献検索して、ニホンザルの♀同士の同性愛行動について調べてみました。
全文PDFが無料で閲覧できる論文をざっと斜め読みしただけでも勉強になりました。

中川尚史, 中道正之, and 山田一憲. "ニホンザルにおける稀にしか見られない行動に関するアンケート調査結果報告." 霊長類研究 27.2 (2011): 111-125.
メスのメスに対するマウンティングに代表されるメス間の同性愛行動にも個体群間変異が知られている。Vasey & Jiskoot (2010) は,メスの同性愛行動が嵐山,箕面,地獄谷の3個体群で知られ,これらはいずれもミトコンドリア DNA の型で言えば東日本タイプのうちの同じサブタイプ(A1)に属することから,遺伝的なバックグラウンドがある可能性を指摘している。しかし,メスのメスに対するマウンティングが,西日本タイプに属する屋久島(Kawamoto et al., 2007)で比較的高い観察頻度で認められたことは,この可能性を否定するものである。
Vasey, Paul L., and Hester Jiskoot. "The biogeography and evolution of female homosexual behavior in Japanese macaques." Archives of Sexual Behavior 39 (2010): 1439-1441. 
カナダのレスブリッジ大学のVasey氏がこの分野における第一人者なのか、ニホンザルの同性愛行動に関する論文を何本も精力的に発表しています。

今回観察したニホンザル♀のペアは母と娘または姉妹なのでしょうか?
群れを長期間追いかけて個体識別で家系調査をするかDNA鑑定をしないと、血縁関係は分かりません。
驚くべきことに、ニホンザル♀の同性愛行動でもインセスト・タブー が守られている(近親者を忌避する)という研究結果が報告されていました。
Chapais B, Mignault C. Homosexual incest avoidance among females in captive Japanese macaques. Am J Primatol. 1991;23(3):171-183. doi: 10.1002/ajp.1350230304. PMID: 31952407.
つまり、今回のニホンザル♀2頭は母娘や姉妹ではなく、同じ群れで年齢差があって血縁関係のない仲良しから同性愛行動に発展したと考えられます。

ヒトの同性愛に対する価値判断を伴わない純粋な動物行動学の文脈であっても、「同性愛」という手垢のついた用語を軽々しく使うことに強い抵抗を示す人々がいます。
安易な擬人化をなるべく避けるためにも、「同性間性行動」と言い換えるべきかもしれません。
交尾の体位を説明する「正常位」という用語も人間中心主義的で、ある種の価値判断が含まれているように思うのですが、中立的な用語に言い換えられるのでしょうか?
「マウントを取る(マウンティング)」というサル学の用語も最近では日本人の日常会話によく登場する比喩表現になり、すっかり手垢がついてしまいました。


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