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2014/04/27

ニホンザル頭骨の標本作り

2013年10月上旬

ニホンザルの死骸を土に還す者たち:#22

定点観察に通っていた或る日、害獣駆除の檻が撤去されて猿の死骸2頭が無造作に捨てられていました。
これまで死骸は頑丈な檻の中で守られていましたが、このまま外に放置すると死骸を他の鳥獣に喰い千切られたり持ち去られてしまいます。

もちろん自然界の分解プロセスとしては、むしろそれが普通です。

死んだニホンザルが分解される過程を最後の最後まで見届けられなかったのは残念です。
宮崎学、小原真史『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』を読むと、
以前、サルの死体を撮っていたことがあるのですが、死体があった場所には、あとからその形でキノコが生えてきました。 (p156より引用)



貴重なサンプルが四散する前に急遽、1頭の死骸Rから頭部を採集して頭骨の標本を作ることにしました。
初心者がいきなり全身骨格標本作りに挑むのは荷が重いので、頭骨に的を絞ります。

骨取りの手順は細かい点でいろんな流儀があるようですけど、一番簡単そうな「頭骨標本の簡単なつくり方」(『頭骨コレクション:骨が語る動物の暮らし』p197〜
)を参考にしました。

遺体の頸骨は既に折れていたので、首の周りの毛皮をハサミで切るだけで頭部を切り離すことができました(断頭)。
屍肉食性昆虫による生物分解が不完全ですけど、残りの作業は自分でやるしかありません。
この時点で脳は無くなっていました。
左右の顔の状態が異なるのは、うつ伏せに死んだ際に左頬を地面に接地していたからです。




次にどうして良いか分からず、ハサミで毛を刈ったりしました。
この作業は不要かもしれません。



首元から顔の皮を剥ぎ始めました。
干からびた皮をハサミやカッターで切ったり力任せに剥いだりしました。
下手に力を入れ過ぎると骨を傷つけたり割ったりしてしまいそうな気がして、おっかなびっくり作業しました。
下顎が外れたときは一瞬焦りました。
骨に癒着した頭皮がどうしても取り切れず、頭頂部にかなり残ってしまいました。
気にしなくてもよいとのことで、構わず次の工程に進みます。

当然ながらゴム手袋着用で、死骸には素手で触れないように注意します。


15cm定規を並べる

2013年10月中旬

100円ショップで買ってきた小鍋(ミルクパン)で頭骨を水から煮ました。
割箸で頭骨の上下を裏返しながら弱火で5分ずつ茹でました。
沸騰すると煮汁が真っ黒になり異臭が出るので、皆さんは近所迷惑にならないようにカセットコンロ等を使い野外でやることをお勧めします。
残った頭皮のタンパク質が加熱されたことによりゴムのようにぎゅっと縮み、引っ張ったら頭骨から簡単に剥がれました。
これは気持ちよい瞬間でした。
それでも未だ取り切れていない組織が頭骨のあちこちにへばり付いて残っています。


全体が浸るように途中でひっくり返す。
頭皮を完全に剥いだ後
頭骨および上顎の下面

次に頭骨を新しい水に浸し、残った組織を時間をかけてじっくり腐らせます。
容器は適当に、1Lのペットボトルを切って再利用しました。
臭いが漏れないようビニール袋で何重にも包んでから、室温で放置しました。
秋から春にかけて、水の交換なしにゆっくり腐らせました。

腐ってきたからと水を取り替えてはいけない。腐敗が遅れる。(中略)腐敗するのに、夏場だと1ヶ月くらい、秋から春までだと3〜4ヶ月くらいかかる。(同書p199より)




2014年4月中旬

ちょうど6ヶ月後、汚れた水を捨て、頭骨を歯ブラシで擦りながら水洗いし、乾かしました。
このとき歯や骨の破片を排水口に流してしまわないよう、ザルで漉すと良いそうです。



乾燥させても骨に死臭が微かに残っていますけど、気にならないレベルです。

愛着が勝り、この匂いにはもう慣れてしまいました…。

骨髄から滲みだした脂が骨に沈着して全体が褐色に汚れて見えますけど、自然な風合いで満足。
漂白処理すると骨が脆くなるらしいので、初めての今回は何も施していません。
骨を煮る鍋(¥105)を買った以外は特別な薬品(タンパク質分解酵素など)にお金を一切かけていません。

上顎から抜け落ちてしまった2本の歯(右の第2切歯および犬歯)を歯槽に入れ直し、木工用ボンドで接着しました。
頭骨を持って振るとカラカラと音が鳴るのは、他の歯もグラグラ緩んでいるからです。
歯を紛失したら困るので、一本ずつ引き抜いてから同様に接着剤で固定し直します。
虫歯は無さそうです。




次に下顎を調べると、右側の第一切歯が乳歯から永久歯に生え変わり中でした。
すぐ隣にある左側の第一切歯もグラグラ緩んでいたので抜き取ると、奥に永久歯が萌出しかけていました。
これはまさに右側の状態と同じでした(写真なし)。
抜き取った乳歯は木工用ボンドで接着し直します。
当たり前ですけど、歯根が歯茎の穴(歯槽)にぴったり収まることにいちいち感動しました。



下顎を上顎に組み合わせると、上下の歯の噛み合わせがしっくりくることに、これまた感動します。


『頭骨コレクション』を読んでニホンザルの歯の作り(歯式)を勉強します。
哺乳類の歯式は、左右片側について切歯(門歯)・犬歯・小臼歯(前臼歯)・大臼歯の順で本数を表します。
ニホンザルとヒトは同じ歯式になります。
ニホンザル成獣の歯式は2・1・2・3。
生後6ヶ月(p63)および8ヶ月(p179)のニホンザル下顎骨の標本写真を見ると、その歯式は2・1・2・0。
子どものころは乳歯で、切歯と小臼歯しか生えていないらしい。(p161より。犬歯は?)

以上の予備知識を得てから手元の頭骨標本を見てみましょう。
歯式は2・1・2・1となり、第一大臼歯が萌出しています。
また、右下顎の第一切歯は乳歯が抜けて永久歯に生え変わっているところでした。
虫歯はありません。
以上の特徴からこの死亡個体の推定年齢は2.5〜3.5才のコドモと判明しました。

好奇心旺盛な世代が罠にかかって死んだのでしょう。
野生動物を罠で捕獲すると、死物狂いで檻から脱出しようと鉄格子に噛み付いて、歯がボロボロになることがあるそうです。
永久歯の萠出による年齢査定法について、参考資料はこちら(PDFファイル)。

0~1.5才:すべて乳歯
1.5~2.5才:第1大臼歯萠出
2.5~3.5才:第1切歯および第2切歯萠出
3.5~4.5才:第2大臼歯萠出
4.5~5.5才:犬歯、第1および第2小臼歯萠出
5.5~6.5才:第3大臼歯萠出
6.5才以上:永久歯完全萠出
東京の野生ニホンザル観察の手引きによると、

年齢の区分けは、0歳をアカンボウ、1ー4歳くらいまでをコドモ、4ー8歳くらいまでをワカモノ、9ー10歳以上をオトナ、18ー19歳以上を年寄りとする場合があります。

性別は不明です。
(成獣であれば犬歯の発達具合で見分けられたはずです。)





頭骨全体の乾燥重量は67.5gでした。そのうち下顎骨は16.9g。
(精密な秤ではないので、目安の計測値です。)


ところで、話の発端に戻りますが、腐敗の進むニホンザル死骸の眼窩や鼻孔に出入りするミツバチを初めて見た時は仰天しました。

▼関連記事▼
ニホンザルの死骸に集まるミツバチの謎

発見当時は全く意味が分からず、ミツバチの分封群が頭蓋骨内部の空洞で営巣を始めるのかと苦し紛れに想像しました。
ところが頭骨標本を作ってから実物を仔細に眺めてみると、脳容積は思いの外小さいことが実感できました。
とてもミツバチが巣を作る余裕は無さそうです。
眼窩の奥には視神経が通る小さな穴が開いていて、頭蓋骨の内部に通じています(動画参照)。
しかしこの穴はミツバチが通り抜けるには狭すぎるようです。
頭骨内部に潜り込みたいのであれば、眼窩ではなく鼻孔や口から出入りする方が楽そうです。
しかし死体の猿が歯を食いしばっていたので、口からは侵入しにくかったのでしょう。
という訳で、解剖学的にも我ながら無理のある仮説だったことが改めて分かりました。

シリーズ完。


1 件のコメント:

  1. 素晴らしかったです!!とても為になりました!

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